徳川家康公400回忌 生誕の地、愛知・岡崎を売り込め

2015年は江戸幕府の初代将軍、徳川家康の400回忌。生誕の地の愛知県岡崎市など地元では、イベントの企画が目白押しだ。子供から高齢者まで、抜群の知名度を誇る家康を武器に、市は観光客増とともに、「地元愛」の醸成を狙う。将来の人口減を見据え、市の魅力を国内外に発信できるのか。官民あげた取り組みが始まっている。
ちょうちんを手に岡崎公園内を歩く人たち(12月26日、愛知県岡崎市)

家康をイメージしたジャズ組曲、和食と岡崎の関係をテーマにしたトークショー、重臣や三河武士らの末裔(まつえい)によるパネルディスカッション、家康の生涯を描いた映像作品……。一見、歴史に関わりが薄そうなものもあるが、いずれも400年祭に関連し、岡崎市で行われるイベントだ。

壮年期を過ごした浜松市、生涯を終えた静岡市とも連携する。岡崎商工会議所は旅行会社と組んで、岡崎、静岡、浜松3市を回る旅行商品「家康公ものがたり」も開発。独自のスタンプラリーも計画中だ。「岡崎市単体では観光客を呼び込むのは難しい。400年祭で3市連携するのは、市に目を向けてもらういいきっかけ」と岡崎商工会議所の観光担当者は話す。

徳川家の三葉葵紋と岡崎の文字が描かれたちょうちん

中心部に城と公園があり、史跡だけでなく、八丁味噌など地元グルメなど、観光資源にあふれる同市。だが、県外でのイメージはいま一つ。岡崎活性化本部の白井宏幸事務局長は「正直、『岡崎市』と聞いても、ビジュアルが浮かばない」と認める。

そこで着目したのが、子供から高齢者まで、抜群の知名度を誇る家康だ。歴史ファン以外もひき付けようと、「平和国家の樹立者」「循環型社会を創設」など、現在の価値観でも通じるようにアレンジして紹介する。市観光課は観光客3%増を見込む。

中部運輸局なども昨年、家康をテーマにした旅行商品を海外にアピールするため、「家康公開運ロード」として、中国の旅行会社やメディアを招き、岡崎市や静岡市などの家康ゆかりの地を紹介。今年も海外で400年祭の取り組みなどを紹介していく予定で、担当者は「海外の人にとって、家康はまだ広く認知されていないが、地元が盛り上がっていることを伝えて行ければ」と話す。

市が目指すのは観光客増だけではない。人口構成比を見ると高齢者層が増え、若年層は転出者が転入者を上回り始めている。市観光課は「外からみて魅力的に映れば、地元愛も生まれる。住んでいるところに誇りを持てる」と指摘。来年には市制施行100周年を控えており、2つの大型イベントで地元意識の向上につなげたい考えだ。

400年祭の成功には、市民の盛り上がりが欠かせないが、事業の認知度は「まだこれから」(観光課)。300年祭のときには、人口4万人弱に対し、ちょうちん行列に約1万人以上が集まったという。市が400年祭のフィナーレと位置づける12月23~26日の家康公生誕祭に向け、どれだけの市民をひき付けることができるかが、成功のカギとなりそうだ。

岡崎市が昨年、東京都民に実施したインターネット調査で、市への訪問意向を尋ねたところ、「非常に訪れてみたい」は9%止まり。比較調査のために尋ねた「神奈川県鎌倉市」(41%)、「岡山県倉敷市」(21%)と比べても大きく遅れを取っている。
「岡崎市」と聞いて連想する単語は、1位が「徳川家康」だが、2位「特にない」、3位「岡崎城」、4位「わからない」と印象の薄さが浮き彫りになった。
岡崎市の持つ観光資源をどのくらい知っているか複数回答で尋ねたところ、「岡崎城」「八丁味噌」が3割程度。ほかに市民の憩いの「乙川」や売り出し中の「岡崎まぜめん」などは1割未満だった。

100年前の300年祭はどうだったのか。

99年ぶりに行われたちょうちん行列に参加する人たち(12月26日、愛知県岡崎市)

当時の記録を残した「家康忠勝両公三百年祭紀要」によれば、300年祭は家康が亡くなった4月17日をはさんで計3日間開催。責任者にあたる祭典総長は陸軍大将の土屋光春、副総長は世界的地理学者の志賀重昂で、いずれも岡崎出身だ。

16日午後7時から地元の小中学生や青年会ら計約1万5千人によるちょうちん行列がスタート。軍楽隊を先頭に、行進用に作られた歌「三河武士」を歌いながら、約3時間にわたって町内を練り歩いたという。町中は伝統や電灯やイルミネーションで飾られ、紀要は「煌々(こうこう)たるその光輝は昼を欺き、全く不夜城の観あらしめた」と当時の様子を伝えている。

祭り当日は、町民や訪問者など「幾十万」(当時の新聞)で町は埋まったという。徳川家代表らが参加し、地元の神社で式典を実施。その後、大食堂で供宴が開かれ、来賓ら約1千人に対し、接待役として芸妓(げいこ)約140人が集められたという。最終日の18日には大名行列や花火などが行われたという。

祭りの間は名古屋―豊橋駅間に臨時列車が運行。乗車賃は期間中2割引きになり、「非常に混雑のため、改札も行わざれるがごとき」(紀要)だったという。祭り期間中の迷子は17人、熱射病や花火によるやけどで46人が救護所に運ばれたとしている。

300年祭が盛大に開かれた背景には、翌16年の岡崎市制施行を前に、「意識を高揚させるためという側面もあったようだ」(市関係者)。なお、200年祭、100年祭については、岡崎市は「記録がないから分からない」という。

(名古屋支社 文 岩村高信 写真 小園雅之)