新しいコーヒーカルチャーとしてすっかり定着した「サードウエーブコーヒー」。その火付け役とされ、「コーヒー界のアップル」とも呼ばれているブルーボトルコーヒーが、ついに日本初上陸を果たした。2015年2月6日、東京・清澄白河に1号店「ブルーボトルコーヒー(Blue Bottle Coffee)清澄白河ロースタリー&カフェ」がオープン。同年3月7日には青山に2号店、続いて代官山に3号店のオープンを予定している。
ブルーボトルコーヒーは2002年、フリーランスのクラリネット奏者だったジェームス・フリーマン氏が立ち上げたコーヒーブランド。まず自社専用の焙煎所(ロースタリー)を設け、焙煎(ばいせん)したてのコーヒーが配送可能な範囲にカフェを出店することで、焙煎後48時間以内の鮮度を重視したコーヒー豆を提供するスタイルで人気を確立した。現在はサンフランシスコ、ニューヨーク、ロサンゼルスの3都市圏に焙煎所を持ち、16店舗を展開中だ。清澄白河ロースタリー&カフェは世界初の海外進出店であり、サンフランシスコ、ニューヨーク、ロサンゼルスに続く第4都市目の焙煎所となる。
サードウエーブコーヒーといえば、自家焙煎したコーヒー豆を客の目の前で挽き、1杯ずつハンドドリップでいれて提供する、昔ながらの喫茶店のようなイメージが強い。それには技を磨いたスペシャリストが必要であり、実際、街にはそうしたやり方の小規模なコーヒースタンドが増え、人気を集めている。ブルーボトルコーヒーはそうしたスタイルとどこが違うのか。また、なぜ日本を海外初出店の国に選び、しかも1号店が清澄白河なのか…。さまざまな疑問を解くべく、同店へと足を運んだ。
豆の焙煎からコーヒーのいれ方まで、データで徹底管理
清澄白河駅で下車して路地を歩くこと数分、真っ白い箱のような外観のブルーボトルコーヒー清澄白河ロースタリー&カフェがあった。人通りのほとんどない、閑静な住宅街だ。
中に入ると、壁のない広々とした空間の真ん中に、巨大な焙煎機がすえられている。フリーマン氏が一目見て気に入った倉庫をリノベーションしたというが、店舗面積はカフェエリア60平方メートルに対し、焙煎エリアが181平方メートルと2倍以上。合計で241平方メートルもあるのに、なんとイートインスペースは、小さなカウンターテーブルまわりの8席しかない。急成長するコーヒー店の海外第1号店と聞いて訪れると、驚くのではないだろうか。

さらに驚いたのが、コーヒーのいれ方。サードウエーブコーヒーといえばハンドドリップスタイルが主流だが、同店ではドリップしている容器の下の部分にタイマーと重量計が一体化した装置があり、湯を注ぐ量と時間を測りながら抽出しているのだ。
ハンドドリップは湯の量や蒸らし時間、抽出時間の見極めに熟練が必要で、個人差も出やすい。しかし、これならクオリティーの差がないハンドドリップコーヒーを提供できるだろう。エスプレッソも同様で、抽出前に非常に厳密に粉の量を測っているのが印象的だった。
また同店で使用するコーヒーは生豆1粒ごとに水分含有量を測り、焙煎の時間や温度、焙煎後の豆の色加減などさまざまなデータをこと細かく測定している。それを本社や各拠点でチェックし、ゴーサインが出なければ次の工程に進めないシステムになっている。品質管理でも徹底してデータが重視されているのだ。
勘に基づいた職人技のイメージが強いサードウエーブコーヒーのシンボル的な存在だと思っていたブルーボトルコーヒーが、これほどデータを重視してコーヒーをいれているとは、意外だった。

なぜ「焙煎後48時間以内」なのか、なぜ立地は清澄白河なのか…
実は来店前に疑問に感じていたことがある。ブルーボトルコーヒーは「焙煎してから48時間以内に提供」をうたっているが、焙煎直後の豆はコーヒー特有の香りが弱く、香りを放つには何日間か寝かせることが必要とされている。はたして48時間以内で香りが十分に出るのだろうかと。
フリーマン氏によると、焙煎してから48時間以内に提供するのは豆を販売する場合のみ。ドリンクで提供する場合は、豆が一番おいしい状態になるまで寝かせてから提供しているという。
豆の種類にもよるが、エスプレッソの場合は焙煎してから5日後、ブレンドしないシングルオリジンのコーヒー豆をハンドドリップでいれる場合、6日後から8日後が一番おいしいそうだ。48時間以内の豆だけを販売しているのは、コーヒーが少しずつおいしくなる過程を楽しんでほしいためだという。
ところで、清澄白河と聞いて「それ、どこだっけ?」と思った人もいるのではないだろうか。清澄白河駅は半蔵門線押上方面・大手町の3駅先。昔ながらの商店や寺院の多い静かな下町だったが、東京都現代美術館や清澄庭園があり、近年おしゃれなアートギャラリーや雑貨店、カフェが増えているという。
なかでも目立つのがコーヒーショップ。スタンド形式の小規模店も多いが、ベルギーの高級チョコレート「ピエール マルコリーニ」を手がける「ザ クリーム オブ ザ クロップ アンド カンパニー」の運営するコーヒー焙煎工房もあるなど、サードウエーブコーヒーの中心地としてコーヒー好きに注目されているエリアなのだ。
ただ、ブルーボトルコーヒーはまず「焙煎所ありき」。フリーマン氏が1号店の出店場所としてこの地を選んだのは、建物が焙煎所に適していて気に入ったからだという。これだけの広さの焙煎所を構えるためには、賃料の安さも魅力だったに違いない。
さらにもうひとつ、清澄白河を選んだ理由があった。「初めての海外出店なので、小さな間違いがあってもこの街ならそれほど注目されず、修正しながらしっかり準備ができると考えた」(フリーマン氏)。しかし、同店オープンへの注目度の高さは少々計算外だったかもしれない…。

また驚いたのは、フリーマン氏がブルーボトルコーヒーを立ち上げるきっかけとして「日本の喫茶店文化」を挙げたこと。以前から何度も訪日し、「カフェ・ド・ランブル」など多くの名店といわれる喫茶店を訪れては、1杯ずつ丁寧にいれる日本の喫茶店文化のエッセンスを吸収したそうだ。
「日本の喫茶店文化を取り入れることで、米国で成長できた。日本の喫茶店文化と、自分たちのコーヒーに対する信念が融合して完成したのが、ブルーボトルコーヒーだと考えている」(フリーマン氏)
日本の喫茶店文化のDNAを持つブルーボトルコーヒーの日本でのオープンは、初進出というより“里帰り”かもしれない。「日本の若い人たちが日本の喫茶店の価値に気づくきっかけになってくれればいい」(フリーマン氏)という言葉が印象的だった。
(ライター 桑原恵美子)
[日経トレンディネット 2015年2月6日付の記事を基に再構成]