スウェーデンの子育て社員活用「ParentSmart」
スウェーデンでさえも育児中社員の働きにくさはある
――ブルーノさんが提唱している、「ParentSmart Company」という概念について教えてください。
ブルーノさん(以下、敬称略) はい。その前に、スウェーデンの企業の間で、既に広まっている概念である「Parent Friendly Company」という考え方について説明させてください。
これは育児中の社員の働きやすさを追求するための企業側の姿勢を表す言葉です。例えば「会議は9時から15時の間に設定する」「在宅勤務や柔軟な勤務時間を可能にする」「育児休暇中の給与を保障する」といったルールや制度を社内に設けることを指します。スウェーデン国内の企業は育児中社員への支援が手厚いところが多く、このような制度は充実しています。しかし、実態を見てみると、実は社員の働きやすさが必ずしも実現されていないこともあるのです。
例えば、確かに社内会議は15時で終わるのですが、子育て中の社員が子どもを保育園に迎えに行くために、他の社員より早めに仕事を切り上げるのはやはり心苦しいものがあります。「お先に」と声を掛けても誰もが笑顔で送り出してくれるわけではありません。
では、なぜ制度はあっても働きにくさが残るのか――。その理由を私はこう考えます。残念なことですが、スウェーデン国内の企業でも、やはりある意味、育児中社員は「(育児という)制約を負っている」「労働力として不十分な人材」だと見なされている面があると思うのです。
育児中の社員は、育児中だからこその強みを持つ人材
一方で、リーダーシップ育成とコミュニケーションを専門にした経営コンサルタントとして、私はこれまで数々の企業現場に入り、様々な人材を見てきました。その中で、育児中の社員が持っている「育児中だからこその強み」に気づくことが増えてきました。
例えば人材育成を語るときに欠かせないスキルの一つに、「アクティブ・リスニング力」があります。これは、コミュニケーション技法の一つで、相手の言葉を傾聴する姿勢や態度、聴き方の技術を指します。育児中の人は得てしてこのスキルが高いことが多いのです。
子どもとのコミュニケーションは一筋縄にはいきません。「なんで言う通りにしてくれないの?」と思っても、無理やりこちらの言い分を子どもに押し付けることはできません。そこで親達は根気強く子どもの話を聞き、本音を引き出すことを日々繰り返しています。このように育児中社員はコントロールの利かない子どもとの日常生活を通して、知らず知らずのうちに、仕事にも生かすことができる数々のスキルを身に付けているのです。
もう少し例を挙げましょう。保育園のお迎えに行くために決まった時間に会社を出なくてはいけない。そのために仕事は「締め切りを設け」「優先順位を付け」「ToDoを効率良く片付けていく」。働く親達はこんなスキルも高めています。
この気づきを裏付けるため、私は2010年にスウェーデンで働く育児中のマネジャー100人にインタビューし、仕事に活かせる「親のスキル」を見える化しました。すると、そのスキルは70を数えたのです(図1)。
そのデータを基に、育児中社員を支援するための「Parent Friendly Company(PFC)」の考え方とは別に、育児中社員が育児と仕事を両立させることを通して培った様々なスキルを、積極的に業務に生かす企業の在り方を「ParentSmart Company」と名付けました。これは、従来のPFCの考え方を一歩先に進めたものです。
育休中の社員を集め「育児によってどんなスキルが身に付くか」話し合う
―― 「ParentSmart Company」の概念を取り入れ、業務に活かしている企業は既にあるのでしょうか?
ブルーノ スウェーデンの公益事業者であるTelge AB(首都ストックホルム郊外のセーデルテリエ市にある)は、このテーマについて精力的に動き出しています。
例えば、育休中の社員を集め、「育児をすることで、仕事に活かせるどんなスキルが身に付くか」というテーマで話し合いを持っています。また、職場に復帰して半年経った社員を集め、「育児スキルを仕事にどう活かしているか」と聞き、自分のスキルを仕事に活かすことの大切さを意識させています。育児中社員の力をどう引き出すかというテーマで話し合う、管理職セミナーも行っています。
私は企業側にこう考え方を変えてほしいのです。企業は国の育児休業手当てに上乗せする形で育児休業中の社員に給与を支払ったり[注1]、ベビーシッター代の一部を補助したり、育児休業中の社員を穴埋めする人員を採用したりと、社員に対して金銭的な支援を行っているわけです。その支援を投資だと捉えていただきたいのです。そして、その投資に対する投資利益率(ROI)を冷静に見つめるべきでしょう。
育児中社員に対する支援は「不十分な人材に対する補助」ではないのです。育児中という制約は持ちながらも、その分、仕事に活かせる強力なスキルを培っている最中の、競争力の高い人材への投資だと見なしていただきたい。育児休暇は、社外で受ける人材育成研修のようなもの。それくらい価値があるものなのです。
今こそ日本の企業が「ParentSmart Company」に切り替わるチャンス
―― 日本でもこの考え方は受け入れられると思いますか?
ブルーノ はい。そう願っていますし、実際に受け入れられると思います。私は昨年、東京のスウェーデン大使館で開催されたセミナーで講演しましたが、観客の反応は非常に良好でした。また、秋に三井グループの方々がストックホルムを訪れ、スウェーデン企業をいくつか視察された時に、「ParentSmart Company」のコンセプトを紹介させていただく機会がありましたが、興味を持って聞いてくださいました。日本からの問い合わせや共同プロジェクトの打診も最近、たくさん頂いています。私も今年、日本を訪ねて、このコンセプトを日本ですでに実行に移している先進的な職場や企業リーダーを調査し、様々な形でそれを広めたいと考えています。
また、今は日本企業にとって「ParentSmart Company」の考え方を取り入れるチャンスだと私は感じています。スウェーデンの場合、先述した「Parent Friendly Company(PFC)」の制度やルールがなまじっか浸透してしまっていて、これが形骸化しているという問題を抱えています。しかし、日本ではまだこのPFCの整備もままならない企業が少なくありません。つまり、育児中社員を支援する体制そのものが備わっていない。真っ白なキャンバスが広がっている状態です。ここから自由に絵を描いていけるタイミングだと思います。
アベノミクスで企業の女性活用が推進されている今、「ParentSmart Company」の考え方をスピード感を持って広めることができれば、育児中社員にとっても、企業にとっても大きなメリットにつながるでしょう。
―― 最後に確認したいのですが、この考え方は育児をしていない社員を排除するものではありませんよね?
ブルーノ もちろんです。名前こそ「ParentSmart Company」ですが、子育てだけに限らず、社員が職場の内外で培う様々なスキルを、企業が積極的に活用していくという考え方です。例えば、介護中の社員も類似のスキルを身に付けていると言えるでしょう。仕事の後に社会人大学で勉強をしている社員、習い事をしている社員、スポーツをしている社員、ペットを飼っている社員だってそうかもしれません。
今は時代が注目しているという意味もあって、親であることに焦点を当てていますが、育児中社員以外を排除するものでは決してありません。育児中社員のスキルを入口として、仕事以外に熱中するもののある社員全員に関係したものです。そういう意味で、企業のダイバーシティーを促進する考え方だと言えるでしょう。
(日経DUAL 小田舞子)
[日経DUAL2015年1月29日付の掲載記事を基に再構成]
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