倒れた夫、労災基準に挑んだ妻の闘い

裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。

休み明けの月曜日、夫が突然倒れ、意識不明の状態に陥った。妻は過労が原因だとして労災認定を求めたが、労働基準監督署は認めなかった。壁になったのは、労災が認められるケースについて「異常な出来事から24時間以内」などとした厚生労働省が設けた内部基準。妻は労基署の判断を受け入れずに裁判所に訴え出た。

40歳代後半だった会社員の男性が突然倒れたのは3月31日、月曜日の早朝だった。苦しそうにせき込み、妻が背中をさすっていたところ、力なく崩れ落ちて心肺停止のまま救急搬送された。病院で蘇生したものの、意識は戻らず、低酸素性脳症と診断された。

「会社のせいだ」。高校生になって父との会話が少なくなっていた息子が一言つぶやいた。入札関係の担当課長だった男性は、仕事ができると評価され、周囲に頼られていた。年度末の繁忙期、男性には業務が集中。倒れた月も、入札書類のチェックの傍ら11回の日帰り出張をこなし、うち6回は自らハンドルを握って1日140キロ以上を走行していた。

労災認定、厚労省の内部基準が壁に

だが、労基署は男性の身に起きた異変を労災とは認めなかった。過労による労災認定について厚労省は内部の基準として(1)前日までの異常な出来事(2)約1週間の過重な業務(3)約半年間の過重な業務――の3要件を設けている。このうち1つでも満たさなければ、通常、労災とは認めていない。

男性のケースではまず(1)の基準に引っかかった。倒れたのは月曜の早朝で、土日の2日間は出勤していなかった。発症前1カ月の時間外労働時間は63時間で、(2)の「過重な業務」と言えるかどうかも微妙だった。労基署は「中間管理職が一般的に受ける負荷以上とは認められない」と判断した。

他方、労基署の調査では家族が知らなかった職場の異様な状況も浮き彫りになった。

倒れる前の週の水曜日。男性は直属の上司にあたる部長に「お仕置き部屋」と呼ばれる小部屋に呼び出された。部長はその朝の経営会議で左遷を告げられ、子飼いと信じていた男性に裏切られたと邪推。数十分間にわたる一方的な怒鳴り声を女性職員が廊下で耳にしていた。女性職員は労基署の調査に「テレビドラマみたいな経験したことない怒鳴り方で言葉も汚く、ショックで忘れられない」と恐怖感をあらわにした。

翌日の木曜日。男性が次年度の入札に必要な見積書の決裁を求めると、部長は「もう判は押さない」と拒否した。決裁印がなければ入札に参加できないが、左遷人事に辞表で応じ、4日後の退職が決まっていた部長にとって、次年度のことはもう関係なかった。男性が繰り返し決裁を懇願しても部長は拒み続けた、と複数の同僚や部下が労基署に説明した。

労基署は「日常的なパワハラがあったとは判断できない」としたが、妻には思い当たることがあった。倒れる前年ごろから、明るい人柄が徐々に影を潜め、覇気が失われていった。好きな映画を見なくなった。会社を辞めたいと漏らしたこともあり、倒れた後、夫のカバンからは日付の入っていない辞表が見つかった。

思い返せばサインは無数に存在したのに、どうして気付けなかったのか。尽きることのない後悔が、妻を国との法廷闘争に向かわせた。

「倒れた原因は部長とのあつれきだと思う」。男性が信頼を寄せていたという部下は「(倒れる数日前に)めちゃくちゃ疲れていた感じを受けた。心の負担が大きかったと思う」と法廷で証言した。

しかし、この部下の証言について当時の部長は「すべてデタラメ」と主張。傍聴席で会社関係者が目を光らせるなか、他の同僚や部下の証言も「パワハラはなく、部長との関係も良好でした」「決裁のハンコをもらったと課長が言っていました」などと労基署の調査時より会社寄りに変わっていた。

地裁は判決で、部長による「水曜日の叱責」と「木曜日の決裁拒否」を事実と認めたが、「異常な出来事とは言えず、倒れる前日や前々日に起きたことでもない」と判断。3要件の内部基準も踏まえて「労災には当たらない」と結論づけた。

部長の決裁拒否は「異常な事態」、高裁で逆転勝訴

妻は控訴したが、高裁の審理は1日で結審。1カ月後の判決日が指定された。妻側の弁護士ですら負けを覚悟した。しかし、ふたを開けてみれば、言い渡されたのは「労災と認める」とする逆転勝訴判決だった。

高裁が重く見たのは部長による叱責と決裁拒否だった。決裁の拒否について「組織で働く労働者にとって相当強い緊張をもたらす突発的で異常な事態」と判断。「強い精神的負荷が血管病変を急激に悪化させた」として、業務と疾病の間に因果関係を認めた。

労基署や地裁が判断の根拠とした内部基準については「なるほど、多くの事案を統一的かつ迅速に処理すべき内部の判断基準としての合理性はある」と一定の理解は示しつつも、「疾病と業務に因果関係があるかは個別具体的な事実認定の問題」と指摘。「基準に該当しない事例で当然のように因果関係が否定されるという論理的な関係はない」と、しゃくし定規に基準を当てはめる姿勢を戒めた。

ようやく手にした勝訴を、妻は意識が戻らないままの男性の枕元で報告した。倒れてから6年半が過ぎていた。妻の闘いを見届けたかのように、男性が静かに息を引き取ったのはその6日後のことだった。国は上告せず、高裁の判決が確定した。

(社会部 山田薫)

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