「イクボス」はこうつくる 先進企業が事例共有
「育児で都合がつかず会議の欠席をお願いしたとき、必要なら後で聞くので問題ない、と言っていただき助かりました。シール、貼っておきますね」
米製薬大手バクスターの日本法人(東京・港)でマネージャーを務める登美由紀恵さん(42)は、こう言って上司の執行役員、川本寿人さん(56)が持つカードにシールを貼った。
カードの正体は「イクボスカード」。裏には「育児・介護などで残業が難しい部下についてパフォーマンスで公平に評価している」「部下が急にひとり抜けても対応する方法を用意している」など12のチェックリストがある。それに沿った行動をした上司に部下が「あなたはイクボスです」とシールを贈る仕組みだ。
バクスターは2014年から、働きやすい職場づくりと生産性向上のため、「イクボスキャンペーン」を始めた。カードは「イクボス文化」を広めるため14年秋に導入した。今月、シールの枚数も勘案して最もイクボス的だった人たちを表彰する。川本さんが集めたシールはすでに14枚と、トップクラスの多さだ。
登美さんは12年に昇格の打診を受けたが、出産も真剣に考えていた。悩んだ末「実は子どもがほしいと思っています」と打ち明けた。「そうなったときには両立できる方法を考えていこう」と川本さんは助言。この言葉に後押しされ、登美さんは管理職に就いた。
その後、妊娠し出産。現在は育児のため午後5時には退社、インターネットを利用し自宅から海外との会議に参加するなど、管理職と育児を両立している。
5人の孫を世話する「イクジイ」でもある川本さん。「社員の育児も家族と同様に支援したい」と考えるように。子どもが病気になった社員がいれば回復後の体調も気遣うなど、雑談中も部下のプライベートに気を配る。「シールをもらうとまた頑張ろうと思う。自分も早く帰宅し、周りの環境を変えていきたい」
ヤフーでは「先輩イクボス」がイクボス予備軍の管理職を支える。13年に時短勤務の部下を持つ上司をサポートする制度をつくった。時短で働く部下を持った経験が豊富で「あの人の部下でよかった」と評判が高いイクボスを選び、サポーターに任命した。
社員の約3割が子持ち。産休・育休利用者と時短・時差勤務者は13年度は286人と、3年前の2.6倍に増えた。一方で「どうしたらよいか悩む上司も少なくない。イクボスを増やすには上司をサポートする存在が必要」。人財開発本部長の斎藤由希子さん(43)は話す。
現在のサポーター役は斎藤さんと徳応和典さん(42)、清水耕一郎さん(41)の3人。企業サイトの制作責任者である徳応さんは、20人ほどの時短勤務の部下の育成に関わり、社内でも有数の経験値を誇る。清水さんは、長時間勤務になりがちな企画部門で、時間の長さではなく成果での評価を徹底し、時短勤務の部下が働きやすい職場をつくってきた。
時短勤務の部下を持つ管理職を集めて話を聞くと「どこまで仕事を任せればいいか」などの相談があった。それぞれの悩みに経験を踏まえ個別に助言する。「こういう窓口があってよかったと感じた」(清水さん)。徳応さんも「悩みを聞き、経験や情報を共有することが大事」と話す。
企業間で知恵を出し合おうという試みも始まった。日本生命保険やみずほフィナンシャルグループなど大手企業が集まり「イクボス企業同盟」を結成、今月2日に第1回会合を開いた。現在14社が加盟。今後、参加企業を増やしながら、各社の事例を共有し自社のイクボス養成につなげる。
企業同盟に参加する日立ソリューションズはイクボスに関するフォーラムを開くなど、イクボス養成に積極的なことで知られる。ダイバーシティ推進センタ長の小嶋美代子さんは「社内で増えてきたイクボスたちに、社会的にも価値がある大事な挑戦をしているんだ、と自信を持ってもらいたい」と話す。
企業同盟を発足させたNPO法人ファザーリング・ジャパン(東京・千代田)の理事で三井物産ロジスティクス・パートナーズの川島高之社長は「イクボスが増えれば企業がもうかる、という流れをつくりたい」と話す。イクボスが働き方や業務のやり方を見直し、企業に収益をもたらせるなら「イクボス養成に本気で取り組む企業が増えるはず」と川島さんはみる。
育児支援にとどまらぬように
イクボスは部下の育児に理解のある管理職ととらえがちだが、「管理職に求められているのは、それだけではない」と、人事管理に詳しい中央大学大学院の佐藤博樹教授は強調する。企業などと共同で進める「ワーク・ライフ・バランス(WLB)&多様性推進・研究プロジェクト」の代表も務める。
プロジェクトでは望ましい管理職像として「WLB管理職」を提唱する。部下の生活と仕事の両立を意識するのはもちろん、自らもメリハリのある働き方をし、私生活も大切にする管理職だ。佐藤教授は「女性が活躍しやすい職場づくりにつながり、仕事の成果も上がっている」と話す。
従業員300人以上の企業の課長級1千人超を対象にした調査にもその傾向が表れた。「時間の使い方を考えて仕事をしている」「自分の生活を大切にしている」など5条件を満たす人をWLB管理職と定義。そうでない人に比べて職場の成果達成度、働く女性の活躍度はともに高かった。
WLB管理職は全体の3割弱。仕事量の多さなど職場環境による差はさほどみられなかった。佐藤教授は「部下の変化に合わせて管理職に求められる役割も変わってきている。WLB管理職は企業にもプラスになるし、社会にも必要とされている」と指摘する。
(編集委員 武類祥子、河野俊、井上円佳)
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