金縛り対策 特に明け方の二度寝にはご用心

2015/4/7
ナショナルジオグラフィック日本版

真田幸村のお側に仕え寝ずの番をしていた霧隠才蔵であったが、空がうっすらと白み始める夜明け前、疲れから思わずウトウトしてしまった。四半刻(約30分)もたった頃、殺気を感じてハッと目を覚ますも、「ニン、ニン、ニン、忍法金縛りの術、カッー!」と敵方忍者の呪文が聞こえるや否や「か、体が動かん!」とうめき、なすすべもなく倒れ伏した。

つかのま悶絶(もんぜつ)していたが、術が解け体を起こせるようになった。「敵はいずこ?」――キョロキョロする才蔵の目の前には、あきれ顔で見下ろす同じく幸村配下の猿飛佐助。「居眠りしてんじゃないよ、まったく」――マズイ奴に見つかった…ほぞをかむ才蔵であった。

ということで、今回のテーマは金縛りである。

(イラスト:三島由美子、以下同)

個人的に忍者といえば、古くは仮面の忍者赤影、伊賀野カバ丸、一番熱中した科学忍者隊ガッチャマン、白土三平のカムイ伝シリーズ、大人になってからは忍者ハットリくん、忍たま乱太郎あたりまでは子供に付き合って見たこともあるが、NARUTOにナルトさっぱり内容が分からない。

忍法の定番といえば「霧隠れの術」と並んで「金縛りの術」が定番である。「金縛り」はもともと仏教用語で、不動明王が賊を身動きできないようにする密教の修法「金縛法」(きんばく・かなしばりほう)に由来するとのこと。この金縛り、一般用語にもなっていることからも分かるように、決して珍しくない睡眠現象である。

女性にやや多く、金縛りが遺伝する家系もある

調査によってかなりばらつきがあるが、一般人の10~40%が少なくとも1回は金縛りを経験していると言われる。10代後半から20代前半に始まり、女性にやや多い。同じ人で頻繁に起こることもあり、金縛り家系(!)も報告されている。読者の皆さんの中にも1度は苦しい強い思いをされた方がかなりおられると思う。

典型的な金縛りは次のようなものだ。

「夜中にふと目をさます。目が覚めているとの認識があるが動けない。呼吸はできるが声が出ない。体の上に重しが乗っているような息苦しさ。恐怖感が湧き上がり冷や汗が出そう」

とても長く感じるが、金縛りは数分程度で自然に治る。金縛りのままもうひと眠りして目が覚めると、消えていることもある。約半数では、「枕元に人がいるような気配」を感じたり、目玉は動くので周囲の様子を伺うと「人影が見える」などの幻覚のような体験を伴うこともある。これは怖い。ホラー映画の世界である。

そこで、金縛りに悩む人のために予防策を1つ。キーワードは「明け方の目覚めと二度寝」にご用心。その理由をご理解いただくには、まず金縛りとは何かを知る必要がある。

金縛りでは筋肉に力が入らず、体が動かせなくなるのが特徴である。といっても筋肉に異常があるのではない。そもそも、金縛りの脱力は私たちが毎晩経験している正常な現象である。普段は脱力中に眠っているので気付かないだけなのだ。脱力は睡眠中のどこで起こっているのかって? それはレム睡眠でしょ!

このコラムで何度も登場したレム睡眠。ごく簡単に表現すれば、レム睡眠は主に体を休息させる睡眠として進化した。その最も効率的な方法が筋肉の弛緩(しかん)であるため、レム睡眠中に集中的に脱力が起こるようになった。筋肉に力が入らないのでレム睡眠中には寝返りも打てないほどだ。

不規則な睡眠や、怪しげな睡眠分断法はNG

レム睡眠は睡眠時間全体の約1/4を占める。6~7時間睡眠であれば一晩に80~100分ほどのレム睡眠がでる。最初のレム睡眠は寝付いてから60~120分で出現し、以後平均して約90分周期で一晩に3~5回出現する。1回あたりのレム睡眠は平均で20分ほどだが、体内時計の指令で明け方になるにしたがって長くなり、1時間ほど続くこともある。休日の早朝に二度寝をすると夢をよく見るのもこのレム睡眠の特徴的な時間分布による。

レム睡眠が増える明け方が金縛りの好発時間帯である。才蔵は明け方にウトウトして浅い眠りのままレム睡眠に陥ってしまったと思われる

寝入りばなにウトウト状態でレム睡眠に突入すると、金縛りが起こりやすい。例えば、脳波を測定しながら実験室内で被験者を寝かせ、明け方に長いレム睡眠が出る前に強制的に起こしてから二度寝をさせると、毎回ではないが金縛り体験が起こりやすいことが知られている。眠りが浅いためレム睡眠中の脱力を自覚してしまうのだ。

実験で無理やり起こすのではなく、レム睡眠中に自然に目覚めてしまうのはどういう時だろうか。寝入りばなは眠りが浅いが、先にも書いたように普段は入眠直後にレム睡眠が出現することはない。第1回目や2回目のレム睡眠のときは、まだまだ眠り(ノンレム睡眠)が深くて目覚めにくいほか、レム睡眠自体が短い。

しかし、たとえばストレスによる浅い眠りや不規則生活などで明け方に覚醒したときに、まだ外は暗いからと二度寝をしようとすると、睡眠が深まらないままにレム睡眠に突入してしまうことがある。半覚醒のままレム睡眠に入ってしまうと、もう体は動かない。「金縛りの術」にはまってしまう。不規則な睡眠習慣のあなた、昼夜逆転気味のあなた、睡眠分断法とか怪しげな寝方をしているあなた、最近金縛りしてませんか。

寝入りばなや、昼間にも繰り返し金縛りに遭う人もいる

金縛りではレム睡眠中の夢を幻覚と取り違えることもある。枕元に誰か居る、布団の上に何かが乗っている、敵方の忍者の気配を感じる、などの金縛り中の奇妙な体験はレム睡眠によるもので、オカルト現象ではないのでご安心を。

さて、この金縛りを寝入りばなや、時には昼間にも(!)繰り返し経験する人がいる。ナルコレプシーという睡眠障害の患者さんである。日中活動している時でも突然レム睡眠に入ってしまうため、眠気と一緒に脱力が生じる。電車内で絶妙なバランス感覚でうたた寝をする寝不足のサラリーマンと異なり、眠気に加えて脱力があるためドターンと床に転倒してしまうこともある。ナルコレプシーは、オレキシンという覚醒を支えるホルモンが不足すると発症する。だが、昼間にレム睡眠が突然出現する詳しいメカニズムは分かっていない。

不思議なことに、笑ったり、怒ったり感情が高ぶることが脱力発作の引き金になる。私が研修医時代にお世話になった大阪出身の指導医は、「出入りの時に興奮して脱力してしまい、親分にどやされてしまった”その筋”のナルコレプシー患者さん」を担当したことがあると教えてくれた。職業柄、「実にまずい」と懇願されて治療したものの、無事に出入りに参加できるようになってもなぁーと少し複雑な心境だったそうだ。

有名人では麻雀放浪記で有名な色川武大(阿佐田哲也)氏がナルコレプシーを患っていたのは広く知られている。麻雀中に寝込んでしまうことも多く、特に高い手をツモった時に脱力してしまったとか。これも実に困る。

さて、ライバルの佐助に告げ口されて失態がばれてしまった才蔵の一件の顛末(てんまつ)である。藩医の診断により、連日の緊張とストレスによる浅睡、睡眠不足による明け方の居眠りで避け難く生じた金縛りであるとされ、おとがめなしと相成った。また、聡明(そうめい)な幸村の御沙汰により人員増強によって1人当たりの夜番の頻度を減らし、ストレス発散のために忍術競技大会などレクリエーションを催したのに加え、早朝覚醒の原因となる寝酒は禁とし、過労にならぬように労務管理を徹底してからは、同様の事例は起こらなくなったという…(全く史実に基づいておりません)。

   三島和夫氏
三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2015年2月5日付の記事を基に再構成]

8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識

著者:川端 裕人, 三島 和夫
出版:日経BP社
価格:1,512円(税込み)

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