毎晩、みなさんはどのような夢を見られるのだろうか。残念なことに、おめでたい夢、ほのぼのとした夢は比較的少ないのが普通だ。夢の内容はどちらかと言うと奇異で、非合理で、脈絡がなく、不可思議な内容であることが多い。不安や恐怖を伴うこともあり、時には悪夢を見てぐったり疲れて目覚めたり…。
考えてみれば夢というのは不思議な現象である。なぜなら「できるだけ何もしない」のが睡眠の大事な目的の1つだからである。エネルギー消費を抑えて乏しい食料環境の中で生き残ることが睡眠の大命題であるのに、夢を見るときに私たちの脳はかなりエネルギーを消費してしまうのだ。

睡眠には大きく分けてレム睡眠とノンレム睡眠があるが、レム睡眠は爬虫(はちゅう)類や両生類などの下等動物にもみられる発生学的に古い睡眠である。レム睡眠では筋肉が弛緩(しかん)し、無動状態となり、エネルギー消費量は低下する。これが生き残り戦略としての睡眠の始まりだと考えられている。一方、ノンレム睡眠はより高等な生物にみられ、特に霊長類など大脳皮質が発達した動物では主要な睡眠となる。
さて我々は夢をいつみているのだろうか、というのが今回のお題である。睡眠に詳しい読者の方は「レム睡眠=夢見睡眠」と覚えておられるのではないだろうか。夢は高等動物に特有の現象なのにノンレム睡眠ではなくレム睡眠と関連が深いとは考えてみれば奇妙なことである。
実はノンレム睡眠中にも我々はかなり夢を見る
レム睡眠は1953年、今から約60年前にシカゴ大学のKleitman教授とその大学院生Aserinskyが発見した。その当時すでに脳波計は開発されていたが、睡眠中の脳波は覚醒時に比較して周波数も遅く単調であったため、睡眠は単なる脳の低活動状態だと考えられており、脳科学的には大きな関心の的ではなかった。
博士号のためとはいえ、ひたすら夜中に脳波測定と行動観察をさせられていた大学院生のAserinskyもずいぶん地味な仕事だとボヤいていたとか、いないとか。ところが、彼らはそれまで知られていたのとは異なる3つの特徴を持つ睡眠状態を見つけたのである。
第1の特徴は、その睡眠状態では眼球がキョロキョロと急速に動くことである。
通常、睡眠中には眼球はゆっくりとした動きを示す。そこで彼らは急速眼球運動(Rapid Eye Movement)の頭文字を取ってREM sleep(レム睡眠)と呼ぶことにした。それ以外の睡眠はやや安直ながらNon-REM睡眠(ノンレム睡眠)と命名された。
第2の特徴は、レム睡眠では筋肉の緊張が低下して体動がほとんどなくなることである。下等動物で知られていたような「動かない睡眠」の痕跡が人でも確認されたのだ。逆に、ノンレム睡眠(特に脳波活動が大きく低下する深睡眠)は、エネルギー消費を抑えるという役割以上に、脳を休める睡眠としてクローズアップされるようになった。
そして第3の特徴がレム睡眠を一躍有名にした。その特徴とはレム睡眠中に外からの刺激で覚醒させると被験者が夢を見ていたと回答する確率が約80%と極めて高いことが分かったのである。
「夢見睡眠」としてすっかり有名になったレム睡眠だが、実はノンレム睡眠中にも我々はかなり夢を見る。ノンレム睡眠中でも20~60%ほどの被験者は夢を見ていたと答える。レム睡眠中よりは低いとはいえ、かなり高いと思いませんか。
夢には「濃い夢」と「淡い夢」がある
レム・ノンレムにかかわらず夢を見るとはいえ、自然に目覚めたときに思い出す夢はレム睡眠中に見た夢が圧倒的に多い。ノンレム睡眠中に見た夢は覚醒後になかなか思い出せないからだ。一口に夢と言ってもその内容には濃淡があり、濃密な夢は思い出しやすい。そこで夢について少し分類してみよう。

まず鮮明で込み入ったストーリー性がある夢がある。夢の中での経過時間も長く、目覚めたときにその内容をかなり詳細に語ることができる、いわゆる我々が夢と聞いてイメージする夢らしい夢である。悪夢やセクシュアルな内容の夢など強烈な情動(感情)を伴う場合もある。このような鮮明な夢はレム睡眠時に多い。
ただし夢にはもう少し曖昧なものも多い。ぼんやりとした考え、イメージ、音、声などの感覚体験を中心としたごく断片的な夢である。景色が見えたり、人と話したりするなど、何となくストーリーがあるものの全体として短めで脈絡がない。このような淡く短い夢はノンレム睡眠時に多い。
レム睡眠とノンレム睡眠の夢にはナゼ濃淡が生じるのであろうか。そのヒントはものを考える脳である大脳皮質の活動レベルにある。
睡眠中は大脳皮質の活動は低下するが、レム睡眠時には大脳皮質が活発となり、脳波も覚醒時に近い波形になる。下等動物でもみられるレム睡眠の最大の目的は「体を休める」ことであり、外敵が近づいた時に反応しやすいように脳活動は比較的高めに維持されている。人でもその名残があるのだ。レム睡眠中の鮮明な夢は活発な大脳皮質活動によって作られているのだ。
夢と感情の深い関係
夢はレム睡眠が20~30分以上持続したときに出現しやすくなる。よく知られているように、レム睡眠は約90~120分の間隔で一晩に数回出現し、睡眠後半に向かうほど持続時間が長くなり、その間の皮質活動も活発になる。そのため朝方に鮮明でストーリー性のある夢を見ることが多い。
ノンレム睡眠中でも一定の皮質活動は維持されるため夢を見る。その意味で夢はレム睡眠の専売特許ではないし、2つの睡眠ステージの夢に本質的な違いはない。ただし、ノンレム睡眠時には皮質活動が低下しているため、まとまりのない曖昧な夢になりがちである。深い眠りから急に起こされて寝ぼけた状態の時、しばらく思考が混乱し、場所や時間が分からず困惑した経験はないだろうか。ノンレム睡眠時の夢体験はそのような皮質活動が低下しているときの思考パターンに似ている。
夢を見ないレム睡眠もある。前頭葉に損傷のある人のレム睡眠である。夢を見るためには大脳皮質、特に前頭葉の活動が必要で、レム睡眠があるだけではダメなのである。ちなみに、レム睡眠中の急速眼球運動は夢に必須ではない。眼球のキョロキョロした動きは夢体験とは基本的に無関係である。
さまざまな睡眠段階で夢をみることは分かったが、どのような引き金で夢が始まり、そして終わるのか、詳しい神経メカニズムは実は未解明である。1つの可能性として、前頭葉に向かい、人間の欲求や快感をつかさどる「ドーパミン神経系」の役割が注目されている。前頭葉にダメージがあると夢見が消えること、ドーパミン神経系を興奮させる覚醒剤などの薬物で鮮明な夢や悪夢を見ること、ドーパミン神経系をブロックする向精神薬が悪夢を改善することなどが傍証だ。
このように夢と情動は密接にリンクしている。例えば、「レム睡眠行動障害」と呼ばれる夢の内容そのままに体が動いてしまう睡眠障害では、日中にストレスを感じるような出来事があるとてきめんにその晩に症状が悪化する。会社で上司から叱責された晩に、夢の中で口論し激高して相手に殴りかかったところで家族に起こされるなどというケースもざらにある。その時患者は大声を上げて立ち上がり、目の前にけんか相手が居るかのように腕を振り回していたのだ。
良い夢を見るためのコツは…
このような激情を伴う夢を見てしまうのは、情動をつかさどる脳部位が一役買っている。例えば、鮮明な夢を見やすいレム睡眠中の脳活動を測定してみると、情動に関わる脳部位が睡眠中にもかかわらず活発に活動していることが明らかになっている。
快感をつかさどるドーパミン神経系が夢のトリガーになるならば、ハッピーな夢をたくさん見ても良さそうなものだが、残念ながら事実は逆のようだ。夢の中では楽しい、うれしいなどのポジティブな情動よりも、むしろ不安感や恐怖感などネガティブな情動を経験することが多いとされる。その理由はよく分かっていない。人間とはやはり根源的な不安を抱えている生き物だからであろうか。
さて以上の知識を基に、良い夢を見るためのコツを伝授したい。
第1に夜更かしせず十分な睡眠をとること。睡眠不足に陥るとポジティブな情報に鈍感になり、逆にネガティブな情報に過敏になることが知られている。悪夢の原因となりかねない。
第2に飲み過ぎないこと。アルコールは深睡眠を減らしレム睡眠を増やしてしまう。飲酒時は悪夢の頻度が高い。奥方の「飲みすぎないでよ!」などの小言はさらに悪夢を出やすくさせる。
第3にストレスを発散すること。例えば家の掃除でも手伝えば、適度な疲労と家族からの感謝で心地よい眠りへと誘われるであろう。
ぜひ今夜からは、休養と節酒、家族サービスを心がけていただきたい。

1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。
(日経ナショナル ジオグラフィック社)
[Webナショジオ 2015年1月22日付の記事を基に再構成]