仕事漬け生活を一掃 イクメン社長の生産性アップ術
不動産、金融という超多忙な2つの業界をまたいで位置する、従業員数31人の三井物産ロジスティクス・パートナーズ。川島高之社長は10年前の会社設立に携わった後、2012年に再び、自ら陣頭指揮を取るため同社へやって来た。そのとき職場は、業界特有の長時間労働が常態化した状態にあったという。
ところが2年半が経過した現在、同社は好業績を示しながらもワークライフバランスの取れた企業へとすっかり変ぼうを遂げている。競争が激しい業界にありながら、どう実現したのだろうか。
会議は8分の1に短縮できる
川島氏はフルタイム勤務の妻と高校生の子どもを持つ共働き世帯だ。家では朝食やお弁当作りなどの家事、育児にも積極的に関わり、子どもの小中学校ではPTA会長や少年野球チームのコーチを務めてきたという、筋金入りのイクメンである。
そんな川島氏がイクメン業を通してパワーアップさせてきたことがある。それは、限られた時間内でいかに生産性の高い働き方を実現するかという仕事術だ。社長に就任以来、ワークだけではない、ライフの重要性を唱え続け、様々な施策を進めてきた結果が、今ある会社の姿となっている。
いい例が社内会議だ。出席者数、会議の回数、時間。この3つの項目をそれぞれ2分の1へと大胆に減らし、そうすることで会議はこれまでの8分の1にできると社員に伝えてきた。
会議の主催者は、関連資料を出席者へ事前にメールする。全員が予習してくれば、効率的に会議を進められるからだ。時間については15分を1ユニットとし、1つの議題に1ユニットなどと時間を常に意識させる。出席者には発言責任と質問責任を意識させ、無駄な発言で時間を取られないようにする。
それから、まだある。会議をするからにはその場で必ず結論を出す。もし「ノー」の結論になったら、どうして「ノー」になったのかまで、その会議で明らかにしておくのだ。そうすれば、次の会議は別案の具体的な議論から入れる。
「先送りしている時間なんてありませんよ。どんどん結論を出していかなくては。自分が早く帰りたいからというのが一番の理由ですけどね」(川島氏)
全社員が早く帰りたいときに帰れる環境に
社長に就任した最初の一年は、職場の意識を変えていくことに専念した。外部から講師を呼んでワークショップを開くなど、ワークライフバランスの啓蒙を続け、社員がイメージをつかみ始めたところで、2014年4月、人事改革に踏み切った。
始業と終業の時間を自分で決められるフレックスタイム制やアニバーサリー休暇、ボランティア休暇、男性の立ち会い出産休暇などを次々に制度化。制度化に当たって業務を担当したのは、育休明けの女性社員だった。
フレックスタイム制ではコアタイムは11~15時。15時以降はいつでも帰ってよく、子育て中の社員以外でも全社員が利用できる。例えば趣味や合コン、散歩のためと、どんな理由でも早く帰りたいときは早く帰っていい。
制度はあっても利用者が少ないというのはよくあることだが、川島氏は利用しやすい環境づくりのため、社内コミュニケーションの向上も図っている。
例えば、普段から社長が自ら「PTAが大変なんだよ」「息子の野球チームが試合に勝ってさ」などと進んでプライベートの話を持ち出しながら社員に声掛けしたり、社員同士のカジュアルランチや飲み会を会社が奨励し、費用を持ったりしている。
「実家に介護の必要な人がいる」「子どもの習い事で週1回送り迎えが必要」など、互いの家族構成や生活環境を知っておくことで、職場に助け合いの空気が生まれる。
投資運用部の若手社員、五十嵐美樹さんは職場の雰囲気についてこう言う。「大変なときはすぐに周りの人に相談できたり、『助けて』と声を上げたりできる環境です。成果を常に求められる厳しい仕事ですが、助け合うチームプレーが自然にできていますね」。
仕事人間の部長がライフを取り戻した
家庭や自分の時間を犠牲にしない働き方を、と繰り返す川島氏の声は若手だけでなく、仕事漬けの生活を当たり前としてきた中高年層の管理職にも届いた。
自他共に仕事人間と認める投信運用部の大角保志部長は、2014年の夏、実に何年かぶりに1週間のまとまった有給休暇を取り、周囲を驚かせた。休暇中は趣味の山登りへ。
「もともと山登りは好きだったんですが、会社を長く休んでまで行こうとは思ってもいませんでした。それが社長のワークライフバランス論に諭されて…。憧れだった屋久島に行ってきたんです。本州の山とは全く趣が異なり、非常に新鮮でした」(大角さん)
最近では、遅くまで会社に残っていることもめっきり減ったという。
結果を出さなければ、ただのわがままになってしまう
川島氏が社員たちに求めているのは、長時間労働をしなくて済むよう仕事の生産性をいかに上げていくか、そして、結果を出すことだ。
会議以外の普段の仕事の回し方においても、生産性向上につながる改善策を積極的に推し進める。例えば、ハンコの数が10個にも15個にもなる社内稟議(りんぎ)や承認制度、上司の指示待ちのプロセスを無くして、担当者にある程度裁量を持たせる。上司から部下への指示はできる限り具体的に伝えることで、必要ない資料作りやリサーチをしなくて済むようにする。
「社員には『無駄が無くなり仕事量が前よりも減ったのだから、できないはずはない。その分結果を出すように』と常々言い聞かせています。特に管理職には厳しいくらい成果を求めます。マーケット状況に助けられた面もありますが、私が来てからの2年半で株価は業界平均を20%上回りました。投資家の期待を裏切ったり、業績ががた落ちしたりしたら、『早く帰りたい』はただのわがままになってしまう。結果が伴わなければ意味がないんです」(川島氏)
派遣から登用した新人女性が100億円の不動産投資で活躍
社員に持たせる裁量を増やしたことで、一人ひとりのモチベーションも上がった。
投資運用部の五十嵐さんは、もともと派遣社員として入社し、事務仕事を担当していた。その8カ月目に正社員へ登用されたのだが、なんとそこから2カ月後には100億円単位の不動産物件を購入するプロジェクトマネジャーを任されたという。
「中途採用の新人にいきなり大きな投資を任せるんですから、この会社は本当にすごいなと思いました」(五十嵐さん)
確かに驚くことだが、川島氏に言わせると、野球界では北海道日本ハムファイターズの大谷翔平が1年目、2年目にして大活躍。そうかと思えば、49歳で勝利する中日ドラゴンズの山本昌のような選手もいる。つまり、能力があれば1年目であっても何年目であっても関係ないということだ。
「彼女は派遣社員のときは3しか出せていなかった力を、今は10を出し切っています。埋もれていた能力を引き出して会社に貢献してもらっていますが、貢献度は3倍以上になっても、給料が3倍以上になったわけではありません。経営の立場からしてみれば、雇用責任を負ってもあり余る利益ということになります」(川島氏)
優秀な人材の能力を見極め、育成を適切に行うことで、社員の意欲を高めていく。やりがいを感じられれば仕事に対するモチベーションはアップし、当然のことながら労働生産性も高まっていく。この労働生産性の高まりこそが、会社を成長させるエネルギーとなるわけだ。
「帰る時間は今も定時の17時30分で、それは派遣のときから変わりません。目の前にあるものや仕事の重みは以前よりずっと大きいにもかかわらず、です」(五十嵐さん)
それは1分1分の必死度が違うから。そして今の仕事に携われている喜びや、成果を評価してもらえているという満足感が常にあるから頑張れているのだと思う、と話す。
(日経DUAL編集部)
[日経DUAL 2015年1月13日付の記事を基に再構成]
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