昭和電工社長が実践、利益を生むダイバーシティ戦略
日本人しか働いてこなかったから、国内市場が中心になった
――男性社員が9割の化学メーカーと聞くと堅い会社の印象がありますが、他の企業に先駆けてダイバーシティーに取り組んでいらっしゃいますね。私はまだダイバーシティーの実利がよく見えていないのですが、市川社長はなぜ、ダイバーシティーが大事だとお考えですか。
市川秀夫社長(以下、市川):昭和電工という会社が、皆さんから見て古く堅い会社になっていたとすると、それは社員に「男しかいなかった」から。もし女性や外国人が同数加わっていたら、これまで我々が見てこなかった企業価値を生み、違う形の企業になっていたでしょう。多様性を引き出すダイバーシティー推進戦略に取り組むことは、短期的な利益にはつながりませんが、確実に企業としての強さ、利益を生む力になっていくと思います。
例えば子育て中の女性やイクメン、外国籍の社員たちがいる職場では、効率的な働き方を考えるようになりました。現場でも管理職でも、「残業せずに高いパフォーマンスや成果を示していくのが当たり前」という風土が生まれてきています。
――外国の方々は仕事だけでなく、自分の時間を大切にする傾向が強いですよね。
市川:その考え方が入ってくることの意味は非常に大きいです。
「国内マーケットがメーンだから、従業員は日本人だけでいい」という考えは間違いで、「日本人しか働いてこなかったから、国内マーケットが中心になってしまった」とも言えます。多様性を積極的に取り入れていれば、日本だけでなく外にも広く事業を展開できるようになっていたかもしれません。結果と原因を取り違えてはいけません。
――中国に進出するから、中国人を雇うというような、オンパーパスではいけないということですね。
市川:我々のハードディスク部門は、2003年のシンガポール進出を皮切りに台湾、マレーシアでも工場を展開しており、世界のハードディスク市場の4分の1を占めています。もしこれが海外に工場を展開せずに、日本だけで事業を展開していたら、技術開発で他社に劣っていたと思います。
――やはり多様性というのは意義のあることなのですね。
市川:男性のみだった製造現場に女性が加わるだけでも変化が起きました。まず、職場がきれいになります(笑)。さらに、現場で女性が重い物を持ち上げることのないよう、器具や環境を工夫するようになっていく。そうすると、男性達が力ずくで行ってきた作業も見直されるようになり、安全性が向上していくわけです。
海外と関わる業務のなかで多様な価値観の重要性に気づく
――ダイバーシティー経営の重要性に気づかれたきっかけは、何だったのでしょうか。
市川:1999~2003年の間、私はロイヤル・ダッチ・シェル、ドイツのBASF、日本の新日本石油(現JX日鉱日石エネルギー)、昭和電工が4社共同で日本に作った会社で仕事をしていました。上司はオランダ人で、職場には各国から来た社員たち。彼らが「女性を多く活用しよう」とか、まだ日本ではあまり聞かれなかった「ダイバーシティー」を口にしていたんです。特にシェルの人たちが「ダイバーシティーであることが価値を生む」と強く言っていました。シェルはイギリスとオランダの合弁会社ですからね。
一つ、印象的なエピソードがあります。実は当時、私は「ヨーロッパに来て仕事をしないか」と誘われたんですよ。私は日本でしか働いたことがないし、英語も大して上手じゃないし、「なんで僕なんかを欲しがるんだ」と聞くと、「君が加わることでダイバーシティーが可能になるんだ」と言われました。なるほど、これがダイバーシティーなのかと感銘を受けました。
――もちろん、社長のそれまでの実績を評価してのことだと思いますが、ヨーロッパでは既にダイバーシティーが重要視され、積極的な実践段階にあったんですね。
市川:当時の日本はまだ年功序列社会で、昭和電工に戻れば私は課長か次長クラスです。ところが、その合弁会社ではトップマネジメントの一人に加わり、事業の再構築などかなり思い切ったことを経験させてもらいました。
合弁会社での経験を通じて、「フラットな組織に多様な人材が集まることで、事業展開が大きく変わっていくことがあるのだ」と実感しました。隣の国々と陸続きに触れ合うヨーロッパでは、長い歴史をかけて培われてきたことなのでしょう。
――結局、ヨーロッパには行かれなかったのですか。
市川:当時、私はちょうど50歳でした。あと10年若ければ行っていましたね(笑)。
昭和電工に戻り、ハードディスクの部門長だった時代に、もう一つ、ダイバーシティー戦略に着手するきっかけとなった出来事がありました。
日本人が開発したハードディスクを、日本の他にシンガポール、台湾、マレーシアの工場で製造します。現地でも生産性を高めていかなくてはならないなかで、現地スタッフがその土地の文化や習慣に基づいたビジネスを我々に教えてくれました。多様な考え方や仕事の仕方を融合させることで、より良いものができる。彼らと一緒に仕事をして、新しい価値観や成果が生み出されていくのを、身をもって体験しました。
企業体質を短期間で変えるにはトップダウンが必要
――そういった過去の経験から、社長自らの言葉でダイバーシティーの重要性を説いていらっしゃるのですね。
市川:ダイバーシティー推進担当や人事部門が、一生懸命に制度を整えても、現場が動かないということはよくあります。特に短期間で改革を進めるためには、トップが自分の言葉で関心を持っていることを示さなければなりません。
女性活躍推進にしても、トップの号令は大事です。長らく男性社会だった当社には、女性がどういうキャリアパスでより大きな課題に挑戦するか、というロールモデルが非常に少ないのが現状です。単に活躍というだけでは女性の側も戸惑うと思うので、トップが後押しする必要があります。
女性の積極登用は、重厚長大型の社風にしなやかさをもたらしたように思います。今後は女性管理職の割合を現状の1.5%から2020年までに5%まで引き上げたいと思っています。
――ダイバーシティー推進に際して、これまで社内からの反発はありませんでしたか。
市川:執行役員が夕方から集まって軽食をとりながら経営を議論する「役員ナイター」という場を定期的に設けているのですが、24時間体制の現場に女性を入れるという話題では、「必要無いのでは」という意見が出ました。また、外国人の採用をテーマにしたとき、「自分のところの事業は国内がメーンだから外国人採用は必要無いでしょう」という意見もありました。
経営者やマネジャーの意識も変えなくてはいけない。そこはトップ自らが本気を見せなければならないと思っています。
長時間労働が成果に結びつくという古い観念は変えるべき
――誰しもが働きやすい環境づくりを目指すなかでは、残業も減ってきていますか。
市川:技術開発など、絶対的に時間を要す仕事もありますので、やみくもに残業するなと言っているわけではありません。ただ、だらだらと長く仕事をしたり、いつまでも会社にいたりすることが成果に結びつくという古い観念は変えるべきです。メリハリを付けた仕事の仕方が重要だと思います。
自分の私生活にとってもそのほうがプラスになるはずです。各部署で残業縮小を心がけてもらっているおかげで、以前は不夜城と言われるほどだった部門でも、大幅な残業削減を達成できました。有休取得日数を見ると、当社は製造業界の平均を大きく上回っています。
――男性のワークライフバランスも整ってきているのがいいですね。
市川:パパキャン(2008年に開始した、男性社員向けのパパ育休取得キャンペーン)で育休を取得した社員は、取得する前よりも家事・育児をするようになるはずです。私自身も子どもが3人いますが、2人目が生まれたころから、家事を積極的にするようになりました。現在も皿洗いは私の担当。土日の昼飯だって作りますよ(笑)。家事・育児は参加すればするほど、妻も自分も楽しくなる。これは実践してきた者の実感です。
私生活の充実は仕事と相互に影響し合います。本当の「自分を活かす」働き方は、そこから始まると思うのです。
――本日は企業がダイバーシティーに取り組むメリットが初めて具体的に理解できた気がします。ありがとうございました。
(聞き手 日経DUAL 羽生祥子、文 大友康子)
[日経DUAL 2015年1月20日付の記事を基に再構成]
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