一日中部屋に閉じこもり、じっと動かず、高カロリーのご飯ばかり食べている。屋外での運動とは一生無縁。しかも、部屋は狭く、ぎゅうぎゅう詰め状態で集団生活。病気になりやすいので、抗生剤の投与も受けている。こうした不健康な生活を続けていたら、誰だってほぼ確実に肥満や生活習慣病になってしまうだろう。これは、人間の話ではない。牛や鶏や養殖魚の話だ。

最近、盛んに報道されている食品への異物混入や少し前の食品偽造問題など、食に関する事件やスキャンダルが起こるたびに、私たちは自分の口に入る食品についてほとんど何も知らないことを痛感させられる。
ただ、加工食品であれば、製造工程をさかのぼっていけば、それがどのように作られているか、ある程度想像はつく。しかし、それが肉、魚といった生鮮食料品となると、飼育の過程について気に留める人は非常に少なく、ある種のブラックボックスのようになっている。
多くの人が抱いている牧場のイメージは、広い牧草地が広がり、そこで牛が草を反芻(はんすう)しながらゆったりと食べているといったものだ。しかし、米国では、動物が自然の欲求のままに、牧草地を歩きまわって草を食むことのできる農場は、この数十年の間に急速に姿を消した。その代わりに、狭い場所に家畜を閉じ込め、穀物を主体とした飼料を与え、効率的に牛乳や肉を生産しようとする工場式畜産が主流となっているという。
あたかも工業製品を作るかのように、効率や生産性を追求する工業型農業には、さまざまなひずみが生じるという。なにせ扱っているのは、命のある動物である。飼育期間が長くなるとエサ代がかかるので、効率の観点からは早く成長させたほうがいい。そのため、成長を促進するホルモン剤が与えられる。狭い場所にぎゅうぎゅう詰めで飼育したほうが、土地も、必要な労働力も小さくて済む。半面、ろくに運動もさせていないので病気にかかりやすく、その治療や予防のために抗生剤が使われる。
抗生剤には、発育を促進させる作用があることがわかっており、飼料に混ぜて使われることが多い。米国食品医薬品局は、そうした使い方をしないように指導しているが、実効は上がっていない。米国で使用される抗生剤の80パーセントは農場で使用され、その70パーセントが病気の治療ではなく、予防や発育促進のために使われているそうだ。
著者によると、工業型農業で飼育される鶏が、生まれてから出荷されるまでの間、ケージの中で動ける面積は、平均するとA4サイズ1枚だそうだ。確かに、動き回ると、カロリーを消費して、痩せてしまう。つまり、エサ代がかかってしまう。
窮屈な空間と肥満のせいで、脚の障害はよく見られる。急速に成長するため、体の発達が体重増加に追いつかず、歩行困難になるためだ。たいていの鶏は、餌や水のところへ行くのにどうしても必要なときだけ歩く。業界用語の「成長周期」の終わりごろ、つまり、食肉に処理される直前になると、鶏はほとんどの時間を座って過ごす。満足に歩けない鶏も多い。
もっとも、脚の障害は、このシステムがもたらす健康上の問題の一つにすぎない。(『ファーマゲドン』より抜粋)

こうした情報に接すると、ある疑問がわいてくる。それは、工業型農業で生産された食品は、果たして健全なものなのだろうか、というものだ。狭い場所に押し込められ、運動せずにひたすら高カロリーの餌を食べ、抗生剤と時には成長促進剤も投与される。もしこれが人間だったら、生活習慣病まっしぐらだ。当然、悪玉コレステロールもすぐに異常値になるだろう。
実際のところ、工業型農業で生産された鶏は、伝統的な放し飼い方式で生産された鶏よりも、不健康であることが、ロンドンの「脳内化学物質と栄養協会」のマイケル・クローフォード教授のチームによって明らかにされているという。
クローフォードは、このような鶏肉の栄養価の著しい変化の原因は工場式畜産にあるとし、伝統的飼育方法では、鶏は活発に運動し、植物や種子を食べていたが、集約的に飼育された現代の鶏は、高カロリーの餌を与えられ、ほとんど動けないことを指摘した。(『ファーマゲドン』より抜粋)
昔のほうが、同じ量の肉を食べたとしても、悪玉脂肪の影響は軽くて済んでいたのかもしれない。そのうえ、抗生剤や成長ホルモンを間接的に摂取することに対する懸念についても、頭の隅に置いておかなければならない。
工業型農業は、国民に食料を安く供給するためよかれと思って始められたことなのだろうが、こうした現状を考えると、本当に正しい方向に進んでいるのだろうかと、疑いたくなってしまう。
しかも、畜産業だけでなく、養殖業や農業でも、工業化によるひずみが、そこかしこに現れ始めていると著者は指摘する。それについては、次回紹介する。
(日経BP 沖本健二)