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「よろしかったでしょうか」 実は正しいバイト敬語

2015/2/4

 「よろしかったでしょうか」「お弁当のほう、温めますか」「1万円からお預かりします」――。ファミリーレストランやコンビニエンスストアなどの店員がしばしば使い、「バイト敬語」とも呼ばれるこれらの表現。「間違った日本語」などと批判されることが多いが、日本語の専門家に意見を聞いてみると、意外にも「間違いとはいえない」という声が目立つ。本当なのか。

半数以上が「気になる」

 過去の新聞記事を調べたところ、「お弁当のほう」や「1万円からお預かりします」のような表現を批判する読者からの投書は、古いところ1993年の朝日新聞朝刊(東京版)、「よろしかったでしょうか」は95年の北海道新聞朝刊で見つかった。その後もこれらの表現は新聞の投書欄やコラムなどでたびたび批判の対象となっている。

 実際、文化庁が2014年3月に全国の16歳以上の男女3473人(有効回答数2028人)を対象に実施した「国語に関する世論調査」によると、「お会計の方(ほう)、1万円になります」の「の方」、「千円からお預かりします」の「から」という表現について「気になる」と答えた人の割合はそれぞれ63.5%、55.0%と半数以上を占めた。

 ところが、日本語の専門家の間にはこうした表現について「間違いとはいえない」という声があるようなのだ。

実は丁寧な表現

 敬語に詳しい同志社女子大学の森山由紀子教授によると「以上でよろしいでしょうか」が相手の判断を確認する表現なのに対して、「よろしかったでしょうか」は「(あなたの判断はもう聞いたはずだが)私の認識はこれで間違いないか」と自分側の事柄を確認する表現で、この表現の背景には相手への配慮がある。「よろしかったでしょうか」を「よろしいでしょうか」の誤りと断じることはできず、相手に直接YES・NOを迫るのを避けるという意味で「聞き手への気配りによって生じた表現」なのだという。

 「お弁当の方」という表現についても、間違いとはいえない論拠があるようだ。日本語の歴史に詳しい二松学舎大学の島田泰子教授は「ピンポイントで対象を指さないことによって、丁寧な表現とする方法の歴史は古い」と指摘する。高貴な人物の奥方を「北の方」といったり、相手のことを「御前」といったりするようにエリアを指すことで対象をあいまいに表現することがマナーという考えは昔からあった。

 また「1万円からお預かりします」は、例えば支払いが8千円のところで1万円を出した場合、店員からすると「この1万円から8千円分を預かり、2千円は返す」という心理がはたらく。1万円から「何を」預かるかを言わないので奇妙な印象を与えるが、「省略と考えれば間違っているとはいえない表現」(島田教授)だという。

 専門家は間違いではないとこぞって説明するが、ならば、これらの表現はなぜ批判されるようになったのだろうか。

 表現そのものが間違いとはいえないなら、使い方に問題があったということなのか。

「バイト敬語」への対応は各社様々だ(東京都千代田区)

 森山教授によると、「漠然と方向で対象を示す」ような敬語は聞き手への敬意や丁寧さなどを表すことができる一方で、明瞭さを欠いていることも否定できないという。また、「○○の方」という表現は昔からあるが、自分が実際に手に持っている弁当を「お弁当の方」と漠然とした方向で示すのにはいささか無理がある。従来になかった新しい用法で使われることで、聞いた人に不快感が生じるのではないかという。

 「1万円からお預かりします」の「預かる」についても、「店の売り上げ(8000円)をバイト店員として預かる」のほかに「精算が済むまで出された札(1万円)をいったん預かる」などの意味が考えられる。このため「聞き手側が『から』との間に齟齬(そご)を感じ、不自然だと思うのではないか」(島田教授)。

FC店の急増が影響?

 さらに、ファミレスやコンビニの急速な普及も影響を及ぼしたようだ。日本フランチャイズチェーン協会の調査によると、ファミレスとコンビニの店舗数(直営店も含む)は90年代に急増しており、新聞紙上などでバイト敬語が批判されるようになった時期と重なる。ファミレスやコンビニの急速な普及に伴って、仕事に不慣れな若いアルバイト店員が増え、接客の場面でこれらの表現が頻繁に使われるようになったと考えられるわけだ。

 「普段敬語を使い慣れない人は、初めて複雑な敬語を使わなければならない場面に直面したとき、自分の敬語使用への不安から無難で失礼のないようにと考える傾向がうかがえる」(森山教授)。そのため、敬語を過剰に使用したり従来とは違った使い方をしたりするケースが増え、昔から存在していて必ずしも間違いとはいえない表現にまで批判が集まってしまったのではないだろうか。

 バイト敬語に対する批判の高まりを受けて、店員の言葉遣いの再教育に乗り出した企業もある。ファミレス「ロイヤルホスト」を運営するロイヤルホールディングスは、03年に「正しい言葉遣い」として5項目をポスターにして各店舗に張り出した。牛丼店「すき家」を運営するゼンショーホールディングスやコンビニ「サークルK」を運営するサークルKサンクスでも、「○○から」「○○の方」という表現は使わないようにと注意したことがあるという。

ロイヤルHDの「正しい言葉遣い5項目」
1「こちらコーヒーになります」「コーヒーでございます」
2「千円からお預かりします」「千円、お預かりします」
3「おタバコのほう、お吸いになられますか」「禁煙・喫煙どちらの席がよろしいですか」
4「○○様でございますね」「○○様でいらっしゃいますね」
5「○○でよろしかったでしょうか」「○○でよろしいですか」
または「○○でよろしゅうございますか」

 しかし、こうしたバイト敬語使用自粛の具体的な動きを見せた企業は、全体から見るとあくまで少数派。セブン&アイ・ホールディングス傘下のセブン―イレブン・ジャパンや、ファミリーマートといったコンビニ大手では大半の店舗がフランチャイズ契約のため、接客時の言葉遣いなどは各店舗の店長に任せており、本部として特に指導はしないという。

 相手への敬意を表すための敬語も、使い方によっては相手に不快感を抱かせることさえある。日本語というのは何とも難しい。春に向けて新社会人になる予定の人や、新たにアルバイトを始めようと考えている新大学生の方々、ことばの使い方にはくれぐれもお気をつけて。(桜井豪)

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