デジタル保育、親の心配 効果あっても依存は困る
「これを押すと次の問題が出るの?」「先生できたよー」「イエーイ!」。昨年12月中旬、明倫幼稚園(三重県伊勢市)年中クラスの園児がタブレットで夢中になっていたのは、ひらがなを覚える知育アプリだ。
画面に薄く書かれた手本の上に人さし指を滑らせ、書き順通りにうまく書けると「よくできました」というマークが出てくる。手本からはみ出したり書き順を間違えたりすると「×」。ゲーム感覚で文字に親しめる。
同園がタブレットを活用し始めたのは2年前。2週間に1~2回、20~30分ほど園児に使わせている。尾関均園長は「3~5歳は黄金期。この時期に使い方を身につけることが、これからの時代を生き抜く力になる」と説明する。
成果も感じている。以前のひらがなの指導では、鉛筆をうまく持てない子は書くことにあまり興味を持てないようだった。タブレットで指を使えば、その差はない。書こうという意欲が強まり「早く手紙が書けるようになった」と教頭の木場晶子さんは話す。
埼玉県越谷市の大袋幼稚園も3年前からタブレットを使い始めた。20年以上前からパソコンを導入するなど、もともと最新の情報機器を使った保育に積極的。タブレットもその一環だ。
活用しているのは、やはりひらがなのアプリなど。黒板を使うより書き順を教えやすいなど、先生たちの手間も減った。6歳の長女を通わせる楠田美夏さん(42)は「面白みがあって、ひらがなに取り組ませるきっかけにいいと思う」と語る。
ICT(情報通信技術)教育の旗を振る文部科学省の方針でタブレットを導入する小中高校と違い、幼稚園や保育園での活用は各園の判断だ。それでも幼児向けアプリが充実するにつれ使用する園は増えているようだ。
ただ、今の親は先生や保育士による手作り教材に親しんだ世代。違和感を覚える向きもある。
昨年からデジタル保育に取り組む保育園コビープリスクールよしかわ(埼玉県吉川市)。知育アプリ会社と年間計画をたてた本格的なカリキュラムだが、娘を通わせるある母親(26)は「私のスマートフォン(スマホ)を毎日いじりたがり、はまっている感じ。園では外で遊んだり、いろんなものに触れたりさせてほしい」と否定的だ。
別の母親(36)も「この年齢でやらなくてもいい。子どもから『共有した』とか『はりつけた』とかいう言葉が出るとびっくりする」と話す。
三鍋明人園長は「従来の保育にプラスして、コミュニケーション力や創造性を高めることを目指す」と強調する。それでもスマホ使用の低年齢化が進み、依存症やネットいじめの問題も伝えられる中、懐疑的な思いが拭えないのだろう。
要はデジタルを指導に生かしつつ、適切な使い方を身につけさせる必要があるということ。その点でユニークな試みをしているのが鹿児島県鹿屋市のつるみね保育園だ。「9割のアナログ保育と1割のデジタル保育」を実践し注目されている。
園児66人で使うタブレットは1台のみ。しかも月に1~2回、15~20分程度という。それでも杉本正和園長は「発表力と表現力、理解力がすごく伸びた」と語る。
ある日の「デジタルタイム」では、タブレットをプロジェクターにつなぎ、おもちゃ自転車レースに出場した男の子がその写真を映して説明。園児からは「道は難しかったですか」「なぜ大会に出たんですか」などと質問が次々飛び出す。続いてテレビ電話。シンガポール在住の園長の知人と結び、現地のクリスマスの街角が映されるとみんな興味津々。こちらも質問攻めになった。こうした姿は以前は見られなかったという。
当初デジタル保育に反対だったという保護者の徳留奈穂子さん(39)は「世界を広げてくれたことに感謝。デジタルに偏らず指導してくれるので安心」と感想を述べる。
ICT教育に詳しいネル・アンド・エム(佐賀市)社長の田中康平さんは「要は子どもにデジタルの世界をどう与えるかという問題。活動全体をしっかりデザインし、どこで使うか使わないかを考えることだ。わずかな時間でも、楽しければ子どもたちは満足する」と話している。(編集委員 摂待卓)
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