子どもの留学「早ければよい」は間違い

日経DUAL

筑波大学附属高校卒業後、奨学金「グルー基金」でアメリカのハーバード大学に進学した河合江理子さん。卒業後はフランスのビジネススクールINSEAD(インシアード)で学び、その後25年近くにわたって欧州の投資銀行や国際決済銀行(BIS)、経済協力開発機構(OECD)などでキャリアを磨いてきました。2012年、在住のスイスから単身赴任する形で京都大学の教授に。2013年からは京都大学大学院総合生存学館(思修館)教授に就任し、世界で活躍するリーダーの育成に取り組んでいます。自身もグローバル人材である河合さんに、子どもの英語力について伺います。

海外留学に付いて回る「日本人としてのアイデンティティー」の問題

私は高校を卒業後、グルー基金から奨学金を頂き、ハーバード大学に進学しましたが、あれが私にとっての初めての「海外」でした。そのため、英語という面では大変な苦労を味わっています。ですから、「わが子には英語習得に苦しんでほしくない」「早期から英語を学ばせたい」という気持ちに大いに共感します。

河合江理子 東京都生まれ。筑波大学附属高校を卒業後、米ハーバード大学に進学(環境学特別専攻)し卒業。フランスの国際経営大学院、INSEADでMBA(経営学修士)を取得。1985年にパリのマッキンゼーに入る。その後、ロンドンのシティーでファンドマネジャー、ポーランドで民営化に携わる。98年に国際決済銀行(BIS)に移り、職員年金基金の運用責任者。経済協力開発機構(OECD)などを経て、2012年4月に京都大学高等教育研究開発推進機構教授に就任。2014年4月から同大学大学院総合生存学館(思修館)教授。著書に『自分の小さな「鳥カゴ」から飛び立ちなさい 京大キャリア教室で教えるこれからの働き方』がある。

さて、私の周囲を見てみますと、子どもを海外のボーディングスクールに送り込む友人も少なくありません。早い時期に親元を離れ、精神的に独立する、協調性を身に付けさせるというのは、人としての成長を促すという意味でも大変有意義なことだと思います。

ただし、気を付けなければならない点もあるんです。

海外での教育を受けた日本人が、遠い将来、日本に戻って働くとなったとき、日本語がままならない。日本の成人であれば当たり前に知っている文化やテレビ番組や歌などのカルチャーを全く知らない、さらに価値観も異なるといった「顔は日本人だけれど、中身は外国人」という状態になってしまう恐れがあるのです。そうなってしまうと、正直、日本でのコミュニケーション全般に支障を来してしまう可能性もあります。

海外赴任の長い家庭では、子どもがそんな状態になるのを心配して、週末だけ現地の日本人学校に行かせて日本語や日本文化を学ぶ、といったふうに、バランスを取っている方が多いですね。

「インナーサークル」には大学からでも入れるし、つくり続ける努力もするべき

海外の名門校に入るメリットの一つとして、世界中に張り巡らされた卒業生のネットワーク、いわゆる「インナーサークル」に入れるというものがあります。それをつてに、キャリアアップの可能性も広がります。私も海外での転職の際には、フランスで通ったビジネススクールであるINSEADのネットワークに助けられました。

ただ、そのために、早いうちに子どもに留学させたほうがいいとは思いません。インナーサークルは大学や大学院、就職先などでも十分つくることができるものです。人的ネットワークは そのときの環境に合わせて、個々の努力でつくり、維持していくものだと思います。たとえいいネットワークに参加できたとしても、それに永遠にかじりついているべきではないのです。

日本でもできる。子どもを「英語好き」にして世界に興味を持たせる方法

海外のボーディングスクールが素晴らしいのは、少人数制のクラスで先生が子ども一人ひとりときちんと向き合ってくれること、そしてお稽古事一つでもきちんとしたプロを招いて教えるといった、教育に対する丁寧さです。

でも、子どもの興味をそそるという、その教育のエッセンスは、日本にいても取り入れることができると思います。もし好奇心旺盛なお子さんなら、私がお薦めするのは、「英語で何かをする」というアクティビティーです。

例えば、英語でスポーツや料理を教えてくれる塾、アメリカンスクールなどが実施しているサマーキャンプなど、どんなものでもいいのです。英語をコミュニケーションの手段として使い、自分で考えられる環境に身を置いてみる。

英語を学ぶのではなく、英語を使いながら何かにチャレンジしてみることで自信がつきますし、「文化が違えば習慣も違うんだ」「こんな考え方の子がいるんだな」と、世界も広がります。

まずは国内でそんな経験をたくさんさせる。そして、子ども自身にやりたいという気持ちが芽生えたら、ある程度の年齢になってから留学させる、という方法もあるでしょう。

高校で1年、大学で交換留学。短期留学でも英語習得は間に合う

私は公立高校からハーバード大学に進学するという珍しいコースを歩んでいます。当時、他の日本人学生はスイスやアメリカの名門ボーディングスクール卒など、海外で教育を受けた学生ばかりでした。幼少期から英語を使いこなしていた彼らはもちろん発音が素晴らしいですし、語彙も豊富です。

ただ、「日本人として、プラスアルファーの英語力を身に付けたい」のであれば、日本語でしっかりものを考えることができる力をきちんと身に付けた後、英語を習得するというのでも決して遅くはない、と私は思います。

 海外の名門大学で、4年間英語で学ぶ。しかも、いい成績を目指すというのはそれなりに大変なものです。私は最初の2年間は、優秀な人に囲まれて落ち込むこともありました。

3年目の夏休みに初めて、日本に少し帰国したのですが、そのとき初めて「英語力も海外で生活する力もこんなに伸びたんだ」と実感して、少し自信をつけ、また米国に戻った。そんなことの繰り返しでしたね。

今、京都で自分が教えている大学院生を見ていても感じるのですが、日本人がラクに英語を習得する方法は、まず高校のときに1年ほど留学し、帰国したら日本の大学に入学する。そして、交換留学で再び海外の大学に行くという方法ではないでしょうか。

海外暮らしが長いのと「グローバル人材」はまったく違う

高校の場合、アメリカと比べて日本のほうが学習内容が進んでいることが多いので、語学の習得に時間を割くことができます。クラブ活動に参加することで、勉強では習得できない英語力を磨くこともできるでしょう。

大学は卒業のための単位修得が大変ですが、交換留学なら、卒業に縛られず、英語力の向上にも力を注げます。単位を修得したら単位交換により早く卒業できますし、できなかったら日本の大学を留年するという選択もあります。

海外に行けば人間力や適応力が上がるのは確かです。でも、国際社会で通用する「グローバル人材」に必要とされるのは専門性です。海外暮らしが長いだけでは、グローバル人材にはなれません。これは、大きく誤解されていることだと思います。

前述したように、高校、大学で英語に親しんでおくことは大切です。でもどこかのタイミングで本人自身が、語学なのか、専門分野を学びたい先生がいるからかといった、その留学の目的を明らかにすることが重要なのです。

(ライター 阿部祐子)

[日経DUAL2014年11月25日付の掲載記事を基に再構成]