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光だけではダメ 「バナナ」で冬季うつを治療

2015/2/10

ナショナルジオグラフィック日本版

 冬季うつに関するインターネット上の記事を見ると、押し並べて「冬の日照不足→うつ気分、過眠、過食→日光で改善」というストーリー展開である。このシナリオは間違いではないが、それだけでは冬季うつ、ひいては日光と健康との関係を考える上で深みがなく残念である。冬季うつの病因や治療についてもう少し掘り下げてみよう。

 確かに冬季うつは日照時間が短くなる冬に発症することが多く、高緯度地域すなわち北国に多いのは事実である。しかし前回(「『もっと光を!』 冬の日照不足とうつの深い関係」を参照)、鹿児島県名瀬市(現在の奄美市)の例でご紹介したように低緯度地域(南国)でも天候不順がちの場所では発症率が高くなる。

 また、春先にいったん症状が改善しても、梅雨に再燃することもある。さらに言えば、春でも夏でも天候次第で気分が悪くなることがある。とすれば、いったい冬季うつとはなんぞや…その回答は以下の通りである。

 冬に特異的に発症するうつ病なのかと問われれば、答えは「NO」。

 冬に症状が悪化する可能性の高いうつ病なのかと問われれば、答えは「YES」。

 すなわち冬季うつの冬季とは、冬に症状が出現しやすいといった程度の意味合いなのだ。

 冬は曇天日が多く、うつ症状が日々連続して出現するため不調(疾病)として認識されやすい。冬以外でも気分不良は感じることがあるが、単発であることが多く、症状も軽めであるため生活に大きな支障が生じない。しかし、この天候に依存した気分の変わりやすさこそが冬季うつの本質的な問題なのである。

■朝に天気が悪いと気分が沈むのも冬季うつ?

 ここにオーストラリア・メルボルンの研究者であるLambertらが行った興味深い研究がある。彼らは101名の健康ボランティアを集め、首の奥にある動静脈から血液を採取して脳内でのセロトニン利用率(代謝回転)の季節変動を算出したのだ。この研究が行われた2000年当時は、このようなすさまじい方法をとらなければ脳内のセロトニン利用率は正確に測定できなかったのだ。彼らの努力の結果判明したのは、健康な人でも冬に脳内セロトニン利用率が顕著に低下するという事実である。

 その後、PET(positron emission tomography:陽電子放出断層撮影)を用いた先端的研究により、冬に脳内のセロトニン神経機能の活動が低下することが確定した。

脳内セロトニン代謝回転の季節変動(Lambertらの研究から引用、2002年)。この研究は南半球にあるオーストラリアのメルボルンで行われたため季節と月が逆転している。冬季に脳内セロトニン利用率が著しく低下していることが分かる。実はセロトニン利用率は季節というより検査当日の日照時間に相関していた(イラスト:三島由美子、以下同)

 セロトニンはうつ病の発症に関連する神経伝達物質として有名だが、うつ病の中でもとりわけ冬季うつと密接な関連がある。セロトニン神経機能の低下は気分の悪化だけではなく過眠や過食の原因になり、まさに冬季うつの症状に合致するからである。健常人でも冬に食欲が増し睡眠時間が長くなる背景には、このような脳内セロトニン機能の季節変動が関わっているのである。

 先のLambertらの研究ではもう1つ大事な発見があった。脳内セロトニン利用率は気温や降雨量などとは関係せず、日照時間、とりわけ「検査当日の朝の日照時間」と強く関連していることが明らかになったのである。

 このデータが意味するところは大きい。太陽光はその日のうちに(おそらくわずか数時間のタイムラグで)、脳内セロトニン機能を調整している可能性が高まったからである。これが本当であれば、梅雨時に冬季うつ症状が再燃したり、例え夏でも天候に気分が左右されたりする現象が容易に説明できる。いや、我々だって朝から天気がドンヨリしていると気分も沈み込むではないか。あれは曇天や雨という視覚や心理作用だけではなく、非視覚性作用の産物でもあるのだ。

■光だけではダメだった…

 日照時間が脳内セロトニン機能を調整するメカニズムも、徐々に明らかになってきた。目から入った光刺激は、脳幹部にある「縫線核(ほうせんかく)」という神経核(神経細胞の集まっている場所)に到達する。この神経核はセロトニンを合成して全脳に幅広く分布させる役割を担っていて、光はその活動を活発にさせるのだ。日照による気分のアップダウンはこの神経回路を介して調整されているらしい。

 冬季うつには人工的な高照度光を浴びる光療法が有効で、6~7割の患者さんに効果がある。冬の日照不足を補うというシンプルな発想から生まれたユニークな治療法で、ご存じの方も多いだろう。光療法には欠かすことのできない大事なパートナーがいる。セロトニンを生成するための原料となる必須アミノ酸、トリプトファンである。

 必須アミノ酸とは、体内で合成できず栄養分として摂取しなければならないアミノ酸のことで、トリプトファンも9種類ある必須アミノ酸の1つである。したがって食事中のトリプトファンが不足するといくら日照や人工光で刺激しても縫線核内で十分量のセロトニンが合成できなくなり、光療法の効果が発揮されないのだ。

 たとえ、すでに光療法の効果がでている患者さんでも、トリプトファンが含まれない食事に切り替えるとわずか24時間で血中トリプトファン濃度は著しく低下し、同時にうつ症状が再燃してしまうことも分かっている。トリプトファンは次から次へとセロトニンを合成するのに使われるため、在庫をため込むことはできないのだ。

 トリプトファンはバナナやプロセスチーズ、豆乳などに多く含まれる。栄養バランスのよい食事を摂っていればトリプトファンが不足することはない。しかし脳内セロトニン機能が低下している冬季うつの患者さんは、できるだけ多くのトリプトファンを体内に(そして脳内に)取り込むために無意識のうちにある行動を取るようになる。それは「甘いもののドカ食い」である。

■甘いもので気分がよくなるのはナゼなのか

 通常、うつ状態では食欲は低下する。しかし、冬季うつの患者さんはひどく甘い物を欲しがり、体重が増加する。1日中チョコレートを手放せない、夜間に菓子パンを大量に食べてしまうなどの不思議な症状がみられる。甘い物(糖質)、すなわち炭水化物をとることがセロトニンとどのように関係するのだろうか。

 食物から摂取されたトリプトファンは、血液で脳まで運ばれる。トリプトファンが血管内から脳内にどれだけたどり着けるかは、血管壁を乗り越える時の競争相手であるその他のアミノ酸(チロシンやロイシンなど)との濃度比に大きく左右される。専門的な説明は割愛するが、炭水化物を摂取すると膵臓(すいぞう)から分泌されるインスリンの影響で血中のトリプトファンの比率が高まり、脳内にたどり着く割合が増加することが明らかになっている。

 一言で言えば、甘い物を食べると脳内のセロトニン濃度が高まるのである。しかも数時間のうちに。したがって、冬季うつにみられる炭水化物の欲求は、無意識的に行っている自己治療行動self-medicationであるとも言える。先に紹介したLambertらの研究と合わせて考えると、朝に炭水化物をしっかり取って、日照を浴びると午前中に気分が回復するのに効果的であることが分かる。

 実際、冬季うつの患者さんに糖質リッチな食事を摂らせると、高タンパク食摂取時に比較して活力と多幸感が増大する。間接的に抗うつ薬であるSSRI(セロトニン再取り込み阻害剤)を服用しているようなものだ。女性がイライラしているときに甘味を求めるのも似たような機序ではないだろうか。

 次回は、我々が失ってしまった季節を知る能力と冬季うつとの関係についてご紹介する。

    三島和夫氏
三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2014年12月25日付の記事を基に再構成]

8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識

著者:川端 裕人, 三島 和夫
出版:日経BP社
価格:1,512円(税込み)

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