東西対決の境界は? 白・青ねぎの分布の謎
編集委員 小林明
2つの写真を見比べてほしい。東京・新宿駅と大阪・梅田駅の立ち食いうどんの写真だが、薬味として付けるねぎに大きな違いがあるのが分かるだろうか? 実は東日本では「白ねぎ」、西日本では「青ねぎ」が一般的なのだ。
東京など首都圏をはじめ北海道や東北など東日本では白くてシャキシャキした「白ねぎ」が添えられることが多く、大阪や京都などの近畿圏や中国、四国、九州など西日本では細かく輪切りにした緑色の「青ねぎ」が添えられることが多い。
「白ねぎ」は東日本、「青ねぎ」は西日本
うどんやそばだけではない。ラーメンを食べても、札幌ラーメンや喜多方ラーメン(福島)、佐野ラーメン(栃木)、東京ラーメンなどの東日本では「白ねぎ」が定番だが、一方で和歌山ラーメン、尾道ラーメン(広島)、博多ラーメンなどの西日本では「青ねぎ」が定番になっている。
なぜ、こうした白ねぎ・青ねぎの不思議な地域分布が生まれたのだろうか?
そもそも、白ねぎと青ねぎの地域分布に境界線はあるのだろうか?
取材を進めるうちに、興味深い歴史や秘話が次々と浮かび上がってきた。そこで今回は白ねぎ、青ねぎの地域分布の謎について迫ってみよう。
奈良時代に中国から伝来、3種が気候ごとに分布
「日本では奈良時代からねぎが食べられており、関東ではねぎの白い部分を食べる『根深ねぎ(白ねぎ)』、関西では葉の緑の部分を食べる『葉ねぎ(青ねぎ)』が歴史的に好まれてきました」。全国農業協同組合連合会(JA全農)の主席技術主管で農学博士の川城英夫さんが解説してくれた。
ねぎの原産地はもともと中国の西部と考えられており、寒冷な気候の華北、東北部では白い部分が多い「太ねぎ」、温暖な気候の華南、華中では緑の部分が多い「葉ねぎ」、双方にまたがる中間部分では両方の性質を兼ね備えた「中間種」が栽培されていた。
それが奈良時代ごろから日本に順次伝来し、やがて、寒冷な北日本に「太ねぎ」が「加賀群(白ねぎ)」として、温暖な西日本に「葉ねぎ」が「九条群(青ねぎ)」として、その中間の東日本に「中間種」が「千住群(しろねぎ)」として広がったとされる。
これがそのまま現在のねぎの地域分布の骨格になったというわけ。
寒冷型の「加賀群」は冬に休眠して葉の成長が止まる「夏ねぎ」、温暖型の「九条群」は冬も生育を続ける「冬ねぎ」に分類され、さらに「千住ねぎ」はその中間的な性質を兼ね備えている。だから、それぞれの地域の気候・風土に適した栽培ができるのだ。
白ねぎは土寄せして日光を避ける
もともと白ねぎと青ねぎでは栽培方法も大きく違う。
白ねぎは根元に土寄せをして白い部分を長く育てる。日光が当たるのを避け、光合成で青くならないようにするためだ。一方、青ねぎは根元に土を盛るようなことはせず、そのまま緑色の葉を伸ばす。白ねぎと青ねぎの地域分布はこうして形成された。
日本各地で栽培されてきた代表的な品種の分布をまとめたのが上図である。
各グループと主な品種は以下の通り。
・加賀群(白ねぎ)――下仁田ねぎ(群馬)、松本一本ねぎ(長野)、札幌一本ねぎ(北海道)など
・千住群(白ねぎ)――深谷ねぎ(埼玉)など
・千住群と九条群の中間種(白と青が半々)――越津(こしづ)ねぎ(愛知)など
・九条群(青ねぎ)――九条ねぎ(京都)、博多万能ねぎ(福岡)、やっこねぎ(高知)など
ざっくり言うと、東日本の白ねぎは「加賀群」と「千住群」、西日本の青ねぎは「九条群」という地域分布になっている。「松本一本ねぎ」はねぎ本体を倒して土をかぶせる栽培法で全体が曲がって育つユニークな形状が特徴。「下仁田ねぎ」は白い部分の直径が5センチ前後と太く、肉質が柔らかで「殿様ねぎ」とも呼ばれている。「博多万能ねぎ」は若いうちに収穫した葉ねぎでどんな料理にも相性が良いことから命名された。
白ねぎと青ねぎの境界線はどこに?
では、白ねぎと青ねぎの境界線はどこにあるのか?
注目したいのが愛知県の「越津ねぎ」――。白い部分と青い部分がほぼ半分。千住群と九条群の中間種に属しているという。つまり、このねぎが「東日本の白ねぎと西日本の青ねぎの境界ではないか」(JA全農)と考えられている。
たしかに、うどんやそばなどに付ける薬味は関ケ原(岐阜県)あたりで白ねぎと青ねぎがちょうど半々くらいの比率になるとされる。たとえば名古屋駅のうどん店できしめんの薬味を見ると、白ねぎと青ねぎがほぼ半々ずつ添えられている。東西の食文化のちょうど中間に位置しているというわけだ。
ただ最近は各地の食文化が全国に紹介され、様々な種類のねぎが全国で栽培されるようになった。情報手段や流通システムが進歩するのに伴い、白ねぎ・青ねぎの地域分布も徐々に崩れつつあるのかもしれない。
「白ねぎ」は薬効、「青ねぎ」は栄養価
ここで豆知識を紹介しよう。ねぎ独特のあの辛みと香りの成分は硫化アリルという物質が原因らしい。これはねぎの白い部分に多く含まれており、消化液の分泌を促して食欲を増進し、体温を高める薬効があるという。一方、ねぎの青い部分は太陽光線の恵みを受けてカルシウムやビタミン類が多く含まれているそうだ。
「薬効の白ねぎ、栄養価の青ねぎ」――と覚えておくと便利だろう。
また調理法については、「白ねぎ」は加熱すると甘みがあり、煮込み料理や焼き鳥などに適しており、「青ねぎ」は香りが良く、いため物や薬味などに適しているとされる。
毒ギョーザ事件で中国産輸入量は急減
最後に、ねぎの生産・消費動向について簡単におさえておこう。
ねぎの国内出荷量(農林水産省統計)は国内人口の伸び悩みなどから近年ほぼ横ばいをたどっているのが実態。一方、輸入品(財務省統計)はかつて低価格を武器にした中国産ねぎが急速に増えていたが、2007年から08年にかけて起きた中国製冷凍ギョーザ事件(殺虫剤混入)の影響で輸入量は06年の7万1816トンから07年の4万9451トン、08年の3万3568トンへと大幅に落ち込んだ。それ以降は回復基調にあるようだ。
国内の主力産地はどこか?
都道府県別の出荷量(2013年、農林水産省統計)によると、上位は千葉、埼玉、茨城、北海道、群馬、大分の順。大消費地の東京に近い関東地域が圧倒的に多く、千葉、埼玉、茨城のトップ3だけで全体の約4割の市場シェアを占める。
「ねぎの違い」を味わおう
国内の各産地は国産ねぎをPRしようと10年からユニークな「全国ねぎサミット」も開催している。昨年は11月に群馬県下仁田町で開催し、九条ねぎ(京都市)、越津ねぎ(愛知県江南市)、深谷ねぎ(埼玉県深谷市)、越谷ねぎ(埼玉県越谷市)など18産地が参加したという。
白ねぎと青ねぎの不思議な地域分布――。
その背後を探ると、悠久の歴史のロマンや各地の気候や風土に根付いた食文化の秘密が隠されていた。皆さんも出張先や旅先などで食事する際、地域ごとに様々に変わる「ねぎの違い」を味わってみると楽しいかもしれない。
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