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極東の地に現れた革命的建築 旧済生館本館 ~『日本遺産巡礼』

2015/2/4

日経アーキテクチュア

 世界遺産に登録された施設には確かにため息が出るような絶品が多いが、海外からお墨付きをもらって初めて訪れるというのは、日本人として少し寂しい。国内には、世界遺産の登録・申請中の有無にかかわらず、必見の歴史遺産がたくさんある。そんな「日本遺産」の中からいくつかピックアップし、現地取材に基づく「旅立ちたくなる」ようなリポートを、ほのぼのとしたイラストとともにお届けする。今回は旧済生館本館。

 山形駅の西口方面に出て10分ほど歩くと、霞城公園に着く。お堀に囲まれたこのエリアは山形城があったところで、現在は体育館、野球場、博物館などが集まっている。その一角にあるのが、かつての済生館本館だ。

 この建物は明治11年(1878年)に県立病院として完成した。オーストリア人の医師、アルブレヒト・フォン・ローレツ博士が教頭として着任し、多くの医療従事者を育てる役割も果たした。

 民営だった時期を経て、明治37年には山形市立病院へと変わる。もともとは東に800mほど離れた七日町(現在の市立病院済生館があるところ)にあったが、昭和42年(1967年)に、現在の場所へ移築された。改修されていた部分をもとの姿に復元したうえで、山形市郷土館へと機能を変え、今に至っている。

山形県令・三島通庸(みちつね)の「山形の近代化を図る」という構想のもと、明治11(1878年)に建設された山形県立病院の建物。「済生館」の名は太政大臣・三条実美が命名した。東北地方で最も早く西洋医学を取り入れ、診療のほかに医学校が併設された。1967年、霞城公園内に移築され、現在は山形市郷土館となっている(写真:磯達雄)

 近づいていくとまず3層の塔が目に入る。その下にはかつての玄関があるが、こちらは現在、閉じられていて、入り口は建物を回り込んだ反対側に付け替えられている。

 建物に入ると、すぐに円形の中庭が見える。それを囲んで平屋の建物がぐるりと巡る。正確に言うと14角形で、その周りに合計8室の部屋が並ぶ。これらの部屋では主に、この建物で教えていた医学についての展示を行っている。

 回廊の北端に位置する塔は、2階が郷土資料の展示室となっている。そこから先は、通常は上がれないのだが、この取材では特別に許可が出て上がらせてもらった。

 2階かららせん階段を上り、中3階を経て最上階へ。八角形平面の小さな部屋で、バルコニーへと出られるようになっている。公園の景色を見晴らせるのだが、明治の頃にはここから県庁舎(明治44年に焼失、建て替えられて現在の山形県郷土館に)、警察署、師範学校、銀行などが立ち並ぶ官庁街が見えたはずだ。さぞや壮麗な眺めだっただろう。

■和洋が混在する擬洋風建築

 この官庁街を整備したのが、初代山形県令の三島通庸(みちつね)だった。県令とは今の知事にあたる役職である。

 三島は薩摩藩の出身で、宮崎県都城での地頭職から、東京府参事、山形県令、福島県令、栃木県令、警視総監などを歴任した。各地で都市や道路の開発整備を行って「土木県令」の異名をとったが、その際には住民に厳しい労役や税金を課したので、「鬼県令」とも呼ばれて恐れられたりもした。

 済生館本館も三島が建てさせたもの。図面を引いたのは、山形県の役人で後に済生館の館長となる筒井明俊だが、建築史家の藤森照信は、三島本人が建物のデザイン面にも深く関わったはず、と推測している(『日本の近代建築』1993年、岩波新書)。施工は、銀座のれんが街建設に携わった原口祐之が棟梁(とうりょう)として指揮した。

 外観上の特徴は壁の下見板張りだ。それだけでなく、フルーティング(縦溝)が施された玄関ポーチの円柱、とっくりをつないだような手すり、階段室のステンドグラスなど、西洋建築からのあからさまな影響をこの建物には見ることができる。

 しかしよく見ると、階段の側桁や軒下に見られる雲型の装飾などには和風建築のモチーフも現れている。西洋建築の様式を見よう見まねで取り入れながらも、和風が混在したこの時代の建物を擬洋風建築と呼ぶが、この建物はその代表作としてしばしば挙げられている。

■過去からの断絶

 一方、平面における特徴は、先に触れたとおりドーナツのような円形を採用したことである。こんな平面は、他の擬洋風建築にも例がない。ただし元ネタはあったようで、横浜にあったイギリス海軍病院を参考にしたとされている。確かにイギリス海軍病院は、運動場を囲んで円弧の形に部屋が並んでいるが、一部が欠けていて、円が閉じない。

 完全な円形をした病院としては、フランスで1774年に医師のプティが発表した新パリ市立病院の案がある。実現はしなかったが、こちらは放射状に延びる6棟が外側で円形の回廊につながるというもの。中央には円すい状の塔が立ち、これは病院の衛生に重要な換気の機能も果たすことが期待されていた。円と塔の組み合わせは、済生館本館に似ている。

 18世紀のフランスでは、新パリ市立病院の案以外にも、円、球、四角すいなどといった純粋幾何学形態をとった建築の構想が相次いで出されていた。クロード・ニコラ・ルドゥーの「ショーの理想都市」、エティエンヌ・ルイ・ブレーの「ニュートン記念堂」などがそれに当たる。

 過去の様式と断絶し、理性によって生まれる新しい形の建築を志向する彼らを、建築史家のエミール・カウフマンは「革命的建築家」と呼び、近代建築を先駆けるものとして評価した。フランス革命の時代に、建築デザインにおける革命を起こそうともくろんだのである。

 済生館本館も、日本史上の革命ともいうべき明治維新の直後に竣工している。革命の時代に生まれた純粋幾何学の建築。これは100年後、極東の地に現れたもうひとつの革命的建築なのだ。

(ライター 磯達雄、イラスト 日経アーキテクチュア 宮沢洋)

[日経アーキテクチュア『旅行が楽しくなる 日本遺産巡礼 東日本30選』を基に再構成]

(参考)日経アーキテクチュア『旅行が楽しくなる 日本遺産巡礼 東日本30選』では、開業100周年「東京駅」、近代化の傑作「富岡製糸場」から古代の最先端「伊勢神宮」、「三内丸山遺跡」まで東日本の珠玉の名所の30選をイラスト入りでリポート。これまでの旅行本とは一線を画すダイナミックな写真も見物。旅のお供にお薦めの一冊です。『旅行が楽しくなる 日本遺産巡礼 西日本30選』、および両書の電子書籍も同時発売。

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