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これも「ジャージー」? 体操着がスーツになるまで

2015/1/21

「ジャージー剣道着、明日の朝までに洗っといて」。剣道部の部活からかえってきた高校1年の息子の一言に、都内の会社員Aさん(49)は耳を疑った。「ジャージーといえばトレパンのこと。剣道着がジャージーとはどういうことか……」。ところが息子は「軽くて、すぐ乾く練習用のジャージー剣道着は現代中高生部員の必需品だよ」とケロリ。どうやらジャージーという言葉の意味が変わっているらしい。

イメージする服、年代によって違い

気になったAさんは職場で同僚にジャージーについて聞いてみた。すると、40~50代ではジャージーといえばラグビーのユニホームやスエットを指す人が多かった。1970年代後半の人気映画「ロッキー」の主人公が着ていて、スエットにあこがれた世代だ。かたや30~40代ではトレーニングウエアや学校の体操着という声が多く、年代によってイメージするものが異なっている。

ポリエステル製の「ジャージー剣道着」
綿を織り込んだ剣道着

「日本では、まずは運動関連の衣類としてジャージーが広まった」と説明してくれたのは東京繊維製品総合研究所の原俊行所長だ。

ジャージーの語源はイギリスのジャージー島の漁師が着用していた、綿を編み込んだ素材。縦糸と横糸の2本の糸を緊密に交差させる「織物」とは異なり、ジャージーはセーターのように1本の糸を編んで布地にした「編み物」。織物より伸縮性に富んでいるのが特徴で、イギリスではラグビーの競技服などジャージー素材を使った衣類の名称として広まった。

日本でも60年代ごろから、スポーツ選手のユニホームやトレーニングウエア、スエットなどを指すようになり、やがて学校指定の体操着などで一般中高生にも広がった。しかしジャージーはあくまで「運動関連の衣服」の領域を出る呼び名ではなかった。

それが変化したのは70~80年代から。学生を中心にトレーニングウエアやスエットなどを、自宅の部屋のなかでも着続ける例が目立ち始めたのだ。

日本で初めての「くつろぎ着」

もともと伸縮性のある素材なので、着ていても楽なのは確かだ。そのせいか、やがて運動をしない人の間でもジャージーを着ることが広まり、カジュアル服や下着などスポーツ衣料以外の一般衣料メーカーも市場に参入し始めた。コンセプトは「コンビニにも着ていける1マイルウエア」。ニッセンケン品質評価センターの竹中直さんによると、これが日本に登場した初の「くつろぎ着」なのだそうだ。

それまでの日本の衣類は、大きく「外着」と「寝間着・パジャマ」の2種類しかなかった。外出先から家に戻り、夜に寝間着に着替えるまではポロシャツやセーターなどを着て過ごすというスタイルも多かったが、こうした室内着も分類上はあくまで外着だ。

ところが、試しにスエットなどのジャージーを着て過ごしてみるとセーターなどよりも気楽だったため、一般の人にも急速に広まっていった。「くつろぎ着」という概念が無かったため、その穴を埋めたのが「ジャージー」という名称だったというわけだ。やがて、部屋着としてのスエットなどがジャージーという呼び名で老若男女に浸透していくことになる。

気楽な衣類の象徴だったジャージー。だがここ数年、さらなる「異変」が起きている。

オンワード樫山のジャージースーツ「ジョゼフ オム」

オンワード樫山などのアパレルメーカーが、「ジャージースーツ」「ジャージーワンピース」などと称して、ビジネスの現場に着ていける仕事服を商品化し始めたのだ。スーツはフォーマルで、ジャージーはプライベートで、というこれまで全く対極にあった着用のシーンを結ぶ組み合わせだ。

実は、これには日本の繊維産業の変遷も密接に絡んでいる。「70年代以降、韓国や台湾などで合成繊維産業が台頭するに従い、日本の繊維メーカーは高機能化に活路を求めるようになったことが背景」と指摘するのは旭化成せんいの八神正典スポーツ衣料営業部長だ。

従来のジャージー素材は、柔らかさを特徴とする分、布地としての「張り・コシ」が弱かった。ポケットやえり、そでなど、いくつもの小さい布地に裁断した上で縫い上げるスーツなどでは、布地にある程度の張り・コシが必要で、ジャージーは向かない素材だった。だが繊維メーカーが高機能化を進め、速乾性、伸縮性、耐久性の向上に加えて張りやコシのあるジャージー素材が開発されるようになり、これまで作れなかったような衣類が作れるようになった。

表面をデニム風にしたアディダスのジャージー「adidas24/7」

ただ、いくらメーカーが開発しても消費者が受け入れなければ浸透しない。なぜフォーマルなシーンが前提であるはずの仕事着にジャージーが使われ始めているのか。

「オン」と「オフ」の区別、曖昧に

京都精華大学ポピュラーカルチャー学部講師の蘆田裕史さんは「働き方も含めた個人のライフスタイルが変化し始めたから」と分析する。共働き世帯の増加に伴って、ビジネスパーソンがスーツ姿で子供を自転車に乗せて保育所に向かい、そのまま職場に直行するシーンも増えた。「ジャージースーツ」という言い回しには「しわになりにくく動きやすい仕事服を、端的に連想させる効果がある」(オンワード樫山)。また昨今は自転車通勤をする男性なども増えており、スーツ姿でもちょっとした運動ができる機能を求める人にも受け入れやすい。

「オンとオフの区別が曖昧になっていることも、『仕事服』の領域に『ジャージー』が浸透してきた背景」というのは大阪経済大学の岩本真一研究員だ。ネット化の進展で、最近は必ずしも会社に在席しなくても在宅などで仕事ができる例が増えつつある。自宅など会社を離れた「オフ状態」の場所にいながら、頭だけ「オン状態」に切り替えて仕事をする働き方も広がっている。「『オン状態』であり続けることを求める従来型の仕事服は、現在では必ずしも必要ではないのだろう」(岩本氏)という。

ただ言い方を変えれば、ジャージーは使い方次第で「オフにも使える仕事着」「仕事にも使える普段着」になる。武庫川女子大学講師の井上雅人さんは、だからこそ「ジャージー素材の仕事着を着こなすのは、結構難しい」と指摘する。家庭生活と仕事の充実を両立させる「ワークライフバランス」を実現するには業務のプロセスなどを絶えず見直す必要があるのと同様に、「ジャージースーツ」をスマートに着こなすには「オン」の要素と「オフ」の要素を上手に取り混ぜるバランス感覚が求められそうだ。

(伊藤敏克)

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