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OLの恋物語を謡う 能×現代音楽の新たな試み

2015/2/1

 現存する世界最古の舞台芸能の一つといわれる能楽。その能を現代音楽で表現する能楽師、青木涼子氏が奏者の山根孝司氏、會田瑞樹氏とともに昨年11月、ヨコハマ創造都市センター(横浜市)でオリジナル作品を披露した。上演後、神奈川芸術文化財団学芸員の中野仁詞氏による司会で、能と現代音楽が生み出す新表現について語った。(以下、敬称略)
オレリアン・デュモン作曲「山伏の祈り」を上演する青木氏(右)と山根氏 (ヨコハマ創造都市センター、横浜市)

中野 今日は「能と現代音楽が出会うとき」というテーマで話していきたいと思います。そもそも、青木さんが能と現代音楽を組み合わせようと思ったきっかけは何ですか。

青木 私は能の家の出身ではなく、東京芸術大学で能楽を専攻しました。能の世界は男性社会で、女性は全体の1割ぐらい。女性はプロになるのも難しいのが実情です。伝統にとらわれず新しい表現をしたいと模索する中、能と現代音楽の組み合わせはあまり過去にないと気づきました。観世寿夫さんが武満徹さんとコラボレーションした例はありますが、能の謡(うたい)のための曲はほとんど作られてこなかった。ピッチやリズムが細かく決まっていない謡は西洋音楽とは構造が大きく違うのです。そこで、実験的に現代音楽とのコラボをやってみようと、2010年から作曲家に作品を委嘱することを始めました。

 

■楽器選びは声に合わせて

馬場法子作曲「共命之鳥」を上演する青木氏(右)と山根氏

中野 會田さんは能特有のリズムについてどう感じますか。

會田 打楽器は本来、国際的な楽器です。リズムの起源はアフリカにあったり、シンバルは中東から、ドラは中国からきたりしている。能にも鼓などの太鼓が必ず入っています。今日演奏した「恋の回旋曲(ロンド)」は作曲家が能を研究し、あらかじめ細かくリズムが決まっています。私は楽器選びから作曲家と話し合い、青木さんの声量に合わせて様々な楽器を選びました。実際に演奏してみて、打楽器は能の謡に組み合わせやすいものだと感じています。

中野 謡に合わせてクラリネットを演奏した山根さんはいかがですか。

山根 あまり特別な意識は持たずにやっています。作曲家が楽譜に書いたものを、自分と青木さんで再現するという気持ちです。もちろん、謡との組み合わせは特別な感じはしますが、作曲家の意図をくんでどれだけ表現できるかということが最も重要ですね。

 

中野 では、本日上演した3作品についてお聞きします。まず、オレリアン・デュモン作曲による「山伏の祈り」(13年)は鬼を成仏させる若い僧の戦いを表したものですね。

 

青木 旅人を殺して食べる鬼婆を僧が成仏させようとする能の演目「安達原」が原案です。デュモン氏は普通の女性がなぜ鬼になったか、という前段階を描きました。この曲で私が数珠をもむ場面がありますが、普通はシテ方の私ではなくワキ方がすること。デュモン氏は能でその場面を見て気に入り、作品に取り入れました。物語を読むというよりは、呪術的な言葉を唱えている作品です。

中野 2曲目の馬場法子作曲「共命之鳥(きょうめいのとり)」(12年)についてはいかがですか。

「共命之鳥」では様々な日用品を楽器として使う

■おもちゃの音色で能を舞う

青木 ご覧になったとおり、色々なおもちゃや鳥笛、ペットボトルなどを楽器代わりに使っています。扇を開く時はこのタイミングで、という私の動きまで作曲家からすべて指示されています。奏者の皆さんも手や足、口まで使って細かい音を表現します。

中野 會田さんはおもちゃを使ってどのように表現しましたか。

小出稚子作曲「恋の回旋曲」を舞う青木涼子氏

會田 謡の中に2つの首を持った鳥が登場するので、鳥笛を多く使います。鳴き声のようだったり、断末魔の叫びのようだったり様々な音を出します。また、オルゴールは何の曲かが一切わからないように回すことが指示されていて、赤ちゃんのガラガラを最後の方で鳴らす時はある種、狂気を感じさせるように表現しています。音色を日常にあるものから探していく作品といえますね。

中野 最後の小出稚子作曲「恋の回旋曲」(13年)。これも変わった作品ですね。

青木 これは能の「恋重荷」と現代の話が交差する恋物語で、主人公は丸の内OLの緑ちゃん。彼女は初め、奥手な彼氏をもてあそんでいますが、山手線を1周する間に色々な出来事に遭遇していきます。私の持つ扇に描かれた緑色の線は山手線を表し、會田さんは駅弁売りのスタイルで楽器を演奏します。

 

「恋の回旋曲」を上演する青木氏(右)と會田氏

青木 緑ちゃんは高田馬場で「高田の婆」という霊媒師に会い、「恋重荷」に登場する元祖もてあそび系の平安時代の姫、女御が自分の前世だったと知ります。次第に彼氏の良さに気づき、最後にゴールインするというお話。曲中、山手線各駅の発車音の違いを表現したり、言葉遊びを凝らしたりしています。能だからとかしこまらず、楽しく自由に見ていただきたい作品です。

中野 今後はどういう表現を目指していきますか。

青木 「能と現代音楽」というと、どうしても現代音楽の曲で能を舞うイメージがあるようですが、私は「私の声のために曲を書いてほしい」と作曲家に依頼しています。能は舞台芸術なので、そのように音楽部分をアレンジした新たな舞台作品を作ることにさらに挑戦していきたいです。

 

■100年後に表現をつなぐ

右から青木涼子氏、會田瑞樹氏、山根孝司氏、中野仁詞氏(ヨコハマ創造都市センター、横浜市)

中野 日本の伝統芸術は作法や様式などに決まり事が多い。そういったものに対して現代の表現を切り開いていくのは大変なことですよね。

青木 大変です。ただ、伝統芸術といわれているものも、100年前の形が今と同じかというとそうではない。時代ごとにわずかながらも変化しているものなのです。

中野 演奏家のお二人はどんな表現を目指しますか。

山根 難しい質問ですね。やはり私は最初に話したように、伝統にとらわれず、一つの形として人間の感性を表現していきたいと思っています。

會田 青木さんたちと一緒にやっていて感じるのは、すべては人の営みの中にあるのだということ。世阿弥の時代から現代まで様々な人が能を演じてきました。「恋の回旋曲」も100年後は古典作品になっているかもしれません。一つ一つの営みを積み重ね、次の世代につなげていけたらと考えています。

~講師プロフィル~
青木涼子(あおき・りょうこ)
能×現代音楽アーティスト。東京芸術大学音楽学部邦楽科能楽専攻卒業(観世流シテ方専攻)。同大学院音楽研究科修士課程修了。湯浅譲二、一柳慧、ペーテル・エトヴェシュら現代作曲家と共同で、能と現代音楽の新たな試みを行う。今までにドイツのミュンヘン室内管弦楽団、神奈川芸術文化財団など国内外でパフォーマンスを披露。2014年、デビューアルバム「能×現代音楽」をリリース
 
山根孝司(やまね・たかし)
クラリネット奏者。国立音楽大学、ベルギー王立アントワープ音楽院およびリエージュ音楽院を卒業。ブリュッセルのイクトゥス・アンサンブル、パリのアンサンブル・アルテルナンスのメンバーとして欧州での演奏活動を経て、現在はNHK交響楽団のクラリネット奏者として活動。秋吉台現代音楽セミナー、昭和音楽大学、洗足学園音楽大学講師
 
會田瑞樹(あいた・みずき)
打楽器奏者。武蔵野音楽大学ヴィルトゥオーソ学科打楽器専攻卒業。同大学院修士課程ヴィルトゥオーソコース修了。打楽器、マリンバを吉原すみれ、神谷百子の両氏に師事。日本現代音楽協会主催第九回現代音楽演奏コンクール「競楽9」において第二位入賞。2014年、初のソロアルバム「with…」をリリース
 
中野仁詞(なかの・ひとし)
神奈川芸術文化財団学芸員、第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展(2015年)日本館キュレーター。慶応義塾大学大学院美学美術史学専攻前期博士課程修了。主な企画に音楽詩劇 生田川物語-能「求塚」にもとづく(04年、神奈川県立音楽堂)、塩田千春展「沈黙から」(07年、神奈川県民ホールギャラリー)、「日常/オフレコ」展(14年、KAAT神奈川芸術劇場)ほか

 

[11月2日のNIKKEIアート・プロジェクトセミナー2014・秋第2回「Time to Time―能と現代音楽が出会うとき」の内容を再構成]

(構成 生活情報部 柳下朋子)

◎NIKKEI アート・プロジェクト
日経電子版では、現代アートの楽しみ方を提案するとともに、同時代のアーティストを側面支援する「NIKKEIアート・プロジェクト」を毎年実施しています。2014年秋は「Time to Time, Place to Place」をテーマに展覧会と関連セミナーを開きました。詳しくは、http://pr.nikkei.com/ART/

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