昆虫に親しむ趣味が浸透 都会生活でも気軽に

セミの観察会に集まった親子。昆虫への興味は近年高まっている=写真 永幡嘉之

食品に虫が入っていた騒動や小学生向けのノートの表紙から虫の写真が消えたことなどで、虫のニュースが世間をにぎわしている。だが、虫は世間から敬遠されているのかといえば、決してそうではない。子供向けに各社から出されている学習図鑑の近年の充実ぶりには、目を見張るものがある。専門書を凌駕(りょうが)する美しい写真、充実した掲載種数――。学習図鑑の隆盛をみる限り、昆虫熱はますます盛んになっている。虫が好きな人と、どこまでも嫌いな人の二極化が進んでいるのだろう。

懐かしい「昆虫採集セット」

虫の楽しみ方は時代とともに変化している。一昔前まで、昆虫の愛好家といえば、自らを「虫屋」と称し、採集して標本をコレクションしていた。美しい標本を得ることが最重要課題であるから、採集した獲物はただちに「毒ビン」に入れて殺し、丹念に世話をして飼育したチョウも羽が傷まないよう、成虫になった直後に標本にしてしまう。防虫剤の臭いが漂う居室に標本箱が並び、数々の標本が本人の思い出とともに詰まっている。休日はひとり山に出かけて留守ばかりだし、増え続ける標本箱が次第に家の空間を侵食してゆくので、家族からの評価は低いことが多い。

標本を取り出して眺める。以前の「虫屋」は標本にして集めることを基本にしていた=写真 永幡嘉之

昆虫採集の全盛期を受けて、文具店にもこの時代ならではの子供向けの商品が登場していた。注射器とともに赤と緑の液体が並んだ「昆虫採集セット」だ。実際には、虫屋は標本作りに注射器など使わないが、昆虫採集といえば注射器というイメージができあがっていた。鋭い針の注射器が売られていたおおらかな時代だったとはいえ、子供に節度のある使い方などできるはずもなく、手当たり次第に虫を捕らえては注射した後ろめたい記憶を持つ大人も多いことだろう。しかし、道具の普及とは裏腹に、子供が虫捕りから離れる傾向は強くなり、やがて昆虫採集セットも姿を消した。

転機が訪れたのは1990年代で、ここで新たに登場したのが「クワガタ屋」だ。採集した虫は必ず生かして持ち帰る点で、従来の虫屋と区別できる。自宅に並ぶのはガラスの温室。そこでは様々な南国育ちの大型種が育っている。飼育ケースに小バエが湧くので家族から煙たがられたとしても、男の子が味方につくこともある。

ツイッターやスマホ活用 楽しみ方が多様化

現在では昆虫との接し方はさらに多様化が進んだ。標本をインテリアに使って楽しむ若者が増加したことは特筆されるし、様々なフィギュア、工芸品、子供の玩具も増えた。標本の即売会はかつてないにぎわいを見せ、以前はあまり姿を見なかったような「普通の若者」が会場にあふれている。ツイッターやフェイスブックの普及に伴って、スマートフォンのカメラ機能で虫を撮る人も多くなった。楽しみ方が型にはまらず多様化したことが現代の特徴だといえる。

越冬しているマイマイカブリを見つけてスマートフォンで撮る=写真 永幡嘉之

これらに共通するのは、普通の人が都会生活の中でも楽しめるようになったこと。以前は昆虫採集を趣味にするには特別な道具をそろえ、それなりの心構えを持つことが必要だったが、今では通勤路で気軽に楽しめ、従来のように家族から敬遠されることもない。昆虫を楽しむことが現代社会にあわせた形で浸透してきたことの表れだろう。

これからも昆虫に親しむ趣味の大衆化・普遍化はますます進んでゆくに違いない。もっとも、好きと嫌いの二極化もこれまで以上に進み、ゴキブリ1匹に大騒ぎする人もまた、減りはしないだろうけれど。

(自然写真家 永幡嘉之)

永幡嘉之(ながはた・よしゆき) 1973年生まれ。専門は個体群生態学。山形県を中心に昆虫や植物の調査・保全を手掛けるとともに、東日本大震災に被災した東北各地の沿岸部で、津波が生態系に与えた影響などを調査している。著書に「巨大津波は生態系をどう変えたか」など

※「生きものがたり」では日本経済新聞土曜夕刊の連載「野のしらべ」(社会面)と連動し、様々な生きものの四季折々の表情や人の暮らしとのかかわりを紹介します。