「強い女性が歴史を動かす」 里中満智子さんライフワーク完結、持統天皇の悪女イメージ覆す

2015/1/10
女性も歴史を動かした――。マンガ家生活50周年を2014年に迎えた里中満智子さん(66)は、ライフワークである作品「天上の虹」で持統天皇の生きざまを描いてきた。現代の働く女性にも通じる苦悩や様々な愛の形を描き続け15年3月、完結する。自身も病気を乗り越え仕事と向き合ってきた里中さんに、万葉の時代から続く日本女性の強さを聞いた。
里中満智子(さとなか・まちこ) マンガ家。1964年に「ピアの肖像」で第1回講談社新人漫画賞を受賞。半世紀にわたり、500作品近くを描く。30年をかけて執筆している持統天皇を主人公とした作品「天上の虹」は、今年3月に第23巻を発刊して完結する予定。大阪芸術大学キャラクター造形学科学科長、公益社団法人日本漫画家協会常務理事、漫画文化の発展を目指すマンガ家の交流団体マンガジャパン代表なども務める。

古代を舞台にしようと思ったきっかけは万葉集だった

中学生の時、図書館で出合った万葉集の面白さに病みつきになった。初恋の時期でもあり、自分の思いにぴったり合った恋の歌がたくさんあって、しかも男女どちらの歌なのか見分けがつかなかった。男性の命懸けの恋もあり、日本男児は「寡黙で強い」というイメージと大きく違って驚いた。

日本の歴史は武家社会を指すことが多く、男性が歴史を動かしてきたと習った。でも万葉集では皇族の男性を身分の低い女性がじらすなどしていて、「どんな人たちだったのだろう」と興味を持った。古代の女性は生き生きしていたと感じた。いつかこの時代を描きたいと中高生のときから思っていた。

持統天皇は国のリーダーとして政治を動かした。「かわいくない女性」という悪女のイメージを覆したかった

万葉の時代のヒロインというと、まず挙がるのが額田王。2人の天皇から求愛された才女だ。クレオパトラもそうだが、歴史のヒロインは男性目線で“美人”と決めつけられている。

これに対してイメージが悪かったのが持統天皇だ。父の天智、夫の天武天皇の七光で皇位につき、姉を蹴落とし、甥(おい)を殺して孫を皇位に据えた――。こんな悪い印象ばかりがまかり通っていた。男性から見るとかわいげがない。でも、彼女にも言い分はあるはず。人は誰しも悪く生きようとは思っていない。私は誰も主人公にしていない、人気がない人を描きたかった。

真のリーダーは先を考えながら行動する。持統天皇は天武天皇とともに、国際的に通用する当時の近代国家を作り上げようとしてやり遂げた

「女だから中継ぎ」「夫から愛されなかった女」という烙印(らくいん)を押されてきた持統天皇だが、律令制の整備や藤原京の建設など大きな働きをした。壬申の乱後、権力を一手に握った天武天皇が志半ばで崩御した後、彼女が権力を握り、他の勢力を抑えて国を治めた。

彼女以外にも皇女はいたが、政治的に何もしていない。持統の後を継いだ元明や元正などの女性天皇も、みんなそれぞれがしっかり仕事をした。

これまで仕事に生きてきた自らの思いを、作品の中で持統天皇に語らせている

人は立場によって選択を迫られ、決断を迫られることで強くなる。働く女性はいつまでも少女のままではいられない。強くありたいと思って強くなる。

16歳でデビューした時、「一生漫画を描きたい」と思った。当時は女性漫画家は結婚や出産でやめていく、と思われていた。「絶対に泣かない」と誓い、「描きたいものを描くには力をつけて信用してもらわないと」と奮い立った。プレッシャーを越えたら、ちょっとやそっとでは引かない。プレッシャーがあることで、80の力が120出せることもある。

人気のピークだった30歳前後で病気に。ワークライフバランスを重視するようになった

信用を得るために仕事は断らなかった。仕事をもらえるとうれしくて、連載を8本抱えたこともあった。睡眠は1日おきに2時間。食事は野菜をどろどろに煮込んで口に流し込んだ。自分の体の限界もわからなかった。

29歳のときに卵巣嚢腫で入院した。「やっと眠れる」とほっとしたのを覚えている。31歳で子宮がんを宣告された。早期発見だったので大事には至らなかったが、仕事を減らし睡眠をとるように心がけるようになった。

シンデレラより人魚姫が好き。人は何かを得るためには、何かを手放さないといけない

女の子はシンデレラに憧れる。だが私は初めて読んだとき、違和感があった。美しいだけで王子に一目ぼれされて幸せになる。「女は美しければいい、男は地位と権力があればいい」というメッセージを感じた。「継母だから意地悪」という設定も気にくわなかった。

かたや人魚姫はすてきだと思った。何かを捨てて、何かを得る。人魚姫がどれだけ王子を愛しても、王子は知らない。暗い話だから人気はないが、世の中の仕組みにも通じるものがあると子どもながらに思った。

新人賞受賞からマンガ家として生きて半世紀。親や学校の猛反対を乗り越え、選んだ道に後悔はない

教育熱心な親に育てられ、勉強もできた方だったので、マンガ家になると言ったときは激怒された。大人の本当の役割は選択肢とその道の可能性を教えることだと思う。仕事か学校を選べということで、仕事を選んだ。当初は連載が途切れたこともあった。17~18歳で出版社に売り込みもした。それでも、一生の仕事にするという覚悟で歯を食いしばってきた。司馬遼太郎さんが坂本竜馬を人気者にしたように、物語の力は大きい。物語の力を信じて、まだ描きたいものはたくさんある。

飛鳥・奈良時代は在位期間の半分近くが女帝

「女帝の古代日本」などの著書がある明治大文学部の吉村武彦教授の話

飛鳥・奈良時代は天皇の在位期間の半分近くが女帝だった。法制度である律令で官人(役人)になれるのは男性だけだが、天皇は女性も可能。女帝は従来、男性天皇の間の中継ぎ説が主流だったが、最近は否定的な説もある。推古や斉明天皇も実権を持っており、無能な女性がお飾りとして祭り上げられていたとは思えない。

そのなかでも近代国家成立のために大きな役割を果たしたのが持統天皇だ。中国にはなかった独自の太上天皇制度を作り、自分の孫へ引き継ぐ仕組みを整えた。日本で初めてといわれる碁盤目の効率的な都市、藤原京を築き、律令制を完成させたのも持統天皇だ。日本書紀は持統から文武天皇に位を譲るところで終わっており、彼女の血統が正統であることを強調した。その後、独身の女性天皇も出現する。

庶民の生活でも法的には男性中心だったが、女性も力を持っていた。家などの財産権も持っていたとみられ、共同体の首長にも女性がいたことが確認されている。農業中心の社会では女性による田植えや機織りなど、重要な労働力でもあった。地方の国司を中心とするサロンでも『遊行女婦』といわれる才能ある歌詠みがいて、女性が様々な場で活躍していた。

女性リーダー少ない現代 「管理職増へ意識改革を」

――現在の日本社会では女性リーダーはまだ少ない。歴史から学べるところはあるのか。リクルートワークス研究所の石原直子主任研究員に聞いた。

「歴史を変える女性は今後もきっと出るが、社会全体のありようとは別。歴史に名を残す突出した存在を望んでいるのではなく、問題はなぜ男性と同じように管理職になれないのかだ。大学進学率も高い女性が社会でリーダーとして活躍しないのは不自然。女性リーダーを増やすのは、やったことのない新しいことだ」

――女性リーダーが少ない背景と打開策は。

「誕生を一層難しくしているのが、外で働く男性、家を守る女性という社会制度だ。女性だけが、子どもを育てて余力があるならリーダーになってもいいというのは偏った見方だ。女性にもそうした見方があり、男女ともに意識が変わらなければならない。夜まで働ける人が戦力とみなされる中では、働く母親は活躍しにくい。最近、働き方の問題に着目するようになったのはいいことだ。労働慣行や柔軟でない労働市場も変わる必要がある」

「米国では、成果をあげれば評価につながる仕事を割り当てられる機会が男性に偏っているのを、意識的に女性に割り当て、女性役員を増やそうとしている」

(文=高橋里奈、女性面編集長 橋本圭子 写真=湯澤華織)