テトラヘドロン―4人の女性によるライヒ&ペルトの世界反復サウンドと踊りが表す生と死の時間

ひとつのフレーズを微妙に変化させながらひたすら繰り返すミニマル・ミュージック。その執拗に反復するリズムがダンスを生む。世界的打楽器奏者の加藤訓子がマリンバと録音データを駆使してスティーブ・ライヒらのミニマル作品を演奏し、バレエの黒田育世と中村恩恵が自らの振り付けで踊る。それを写真家の高木由利子が撮ってスクリーンに映す。女性4人の才能がダンサブルに交錯する異色の現代音楽ショーを見て聴いた。

加藤訓子(右)のマリンバ演奏によるペルトの音楽に乗せて中村恩恵(左)が踊り、高木由利子の撮影した写真がスクリーンに映し出される(12月19日、東京都渋谷区の白寿ホール)=写真提供 Hakuju Hall

2014年12月19日夜、東京都渋谷区の白寿ホールにはファッショナブルな若者が続々と集まってきた。チケットは早々と完売。通常のクラシック音楽の演奏会とは異なる客層だ。「テトラヘドロン―4人の女性によるライヒ&ペルトの世界―」と名付けた公演。「音楽×ダンス×写真」と銘打った通り、これら異なる3分野の女性アーティスト4人が共演する。その中心となるのが、加藤訓子のマリンバが繰り出す、最もポップな前衛音楽といえるミニマル・ミュージックだ。

同じパターンを繰り返しつつ、微細な変化を加え、その音響の差異や変容の妙を聴かせるミニマル・ミュージックは、1960年代に米国で生まれた現代音楽の1分野。ジョン・クーリッジ・アダムズやフィリップ・グラスらが主な作曲家だが、中でもライヒは大御所として知られる。同じリズムや音型を反復させるオスティナート(執拗反復)の手法は、ロックやレゲエ、テクノなどポピュラー音楽では当たり前のように使われる。しかしクラシック音楽ではソナタ形式をはじめ古典様式を重視するか、その様式の破壊と新たな創造に注力する傾向が強く、「反復」は当たり前の手法ではなかった。ミニマル・ミュージックが斬新だった背景にはこうした事情があり、繰り返し刻むビートを基調とするロックとの相性も良い。実際、グラスの「交響曲第1番『ロウ・シンフォニー』」は、デビッド・ボウイのロックアルバム「ロウ」を題材にしている。

マリンバなど打楽器奏者の加藤訓子(横浜市内の自宅兼練習場にて)

日本を代表する打楽器奏者の加藤訓子は、キャリアの早い段階からミニマル・ミュージックの演奏に取り組んできた。「ミニマルの世界観は打楽器に合う」と加藤は話す。ロックバンドで重要な楽器がドラムスであるのと通底するものが感じられる。オランダのロッテルダム音楽院を首席で卒業。英国スコットランドの高音質で知られる世界的レーベル「LINN」からCDを出す唯一の日本人アーティストである。

作曲家のライヒとは「90年代にベルギーで何度か彼の作品で共演したこともある」と言う。その後、「私がマリンバやビブラフォン用に自分で編曲して演奏したいとライヒに伝えたら、デモテープを送ってこいと。数曲を録音し、彼から細かい注文と助言をもらって2年がかりで完成した」。それがLINN第1弾となる11年のCD「クニコ・プレイズ・ライヒ」だ。「ライヒは演奏家と向き合ってくれる作曲家。世界中の打楽器奏者がソロで自分の曲を演奏できるようになると言って喜んでくれた」と話す。

加藤訓子(右)編曲のマリンバ独奏と録音自動演奏によるライヒのミニマル・ミュージック作品に乗せて、黒田育世(左)が踊る。それを撮った高木由利子の写真のスクリーン画像(12月19日、東京都渋谷区の白寿ホール)=写真提供 Hakuju Hall

さらに加藤はエストニアの世界的作曲家アルヴォ・ペルトにも接近した。「ペルトは一概にミニマルとは言えないが、非常にシンプルな音で静謐(せいひつ)な音楽を書く人。やはり録音をペルトに送ったところ、ほんの針の先くらいの、音にならないほどの弱音についてまで、極限的な微細な音色を要求された」と言う。このペルトの3つの作品とライヒ、それに英国の現代作曲家ハイウェル・デイビスの作品を収めたLINN第2弾のCDが13年の「カントゥス」だ。

今回の「テトラヘドロン」の公演では、打楽器による「ミニマル・ワールド」を標榜して欧米で注目されるこの2枚のCDから曲を選んだ。演奏家は加藤1人。録音データの自動演奏を伴って加藤がマリンバを独奏した。CDのジャケット写真の通り、小柄で痩身の加藤がスポーティーな衣装でステージに登場した。さあ、ミニマルが始まるかと思いきや、まず演奏されたのはなんと、J.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲第1番ト長調」の第1曲「前奏曲」ではないか。BGMやCMで聴かない人はいないほど有名すぎるこの曲も、加藤がマリンバで演奏すれば確かに、同じリズムパターンを繰り返すミニマル作品に思えてくる。

ライヒのミニマル作品を自ら編曲して演奏する加藤訓子(右)と、前衛的なダンスを披露する黒田育世(左)(12月19日、東京都渋谷区の白寿ホール)=写真提供 Hakuju Hall

薄暗いステージから、やはりスポーティーな衣装の黒田育世が、不動のままその姿を浮かび上がらせる。スクリーン上に腕が映った。体の部分が切れ切れに映し出される。よく見ると、ステージ上の脚立に乗って高木由利子がシャッターを切っている。シャッター音がかすかに響く。

加藤がバッハに続いて演奏しているのはライヒの「シックス・マリンバ・カウンターポイント」という曲。その名の通り、6台のマリンバが合奏する曲だが、ライヒの提案によって加藤が録音テープとマリンバ独奏によるスタイルに編曲した作品だ。どこにスピーカーがあるのか分からないが、PA(電気的音響拡声装置)が使われているのは確かだ。複数のマリンバの音色によるエイトビート風のリズムが録音データによって自動演奏され続ける。これに加藤の生演奏が加わって全体の演奏が実現しているのだ。

黒田がぎこちない動きを徐々に始める。駆け抜けるような曲調なのにスローなダンスだ。さらにスクリーンには黒田を撮った写真が次々に映し出される。これは完全に動きが止まった画像だ。むしろステージ空間の中で最もダンサブルなのは、ライヒの曲を演奏している加藤自身だ。反復するリズムがトランス状態のような演奏家のダンスを生み出す。

加藤訓子(右)と中村恩恵(左)、スクリーンには高木由利子が撮影した写真(12月19日、東京都渋谷区の白寿ホール)=写真提供 Hakuju Hall

ここで気が付くことがある。このステージの異様さはどこにあるのか。身体の動きの表現であるダンスと並んで、すでに過去となった動かない写真が大写しにされる。同時に、身体の動きによって生み出される生演奏の音楽と並んで、すでに過去に収められた録音データによる自動演奏がある。人間と機械、手動と自動、現在と過去、情感と情報。もっと長いスパンで見ればいずれ生と死ということになるであろう2極が、同じ舞台で同時進行で体験されていくのだ。

加藤の演奏を「カラオケ」と呼ぶのは安易だ。話はそう単純ではない。生演奏と「合奏」する録音データも、加藤が過去のどこかの時点で自ら生演奏した音源であるからだ。その録音はテクノやエレクトロニック・ダンス・ミュージックのようなデジタルビート風にも聞こえがちだが、実際は加藤が手動で演奏したものだ。過去の複数の自分の音楽とともに今の自分が演奏していく。そうした演奏スタイルに黒田のダンスが重なる。黒田が今演じているダンスの後方には、自らのダンスが過去となって静止している。

反復し続けた音楽が、つんのめるように突然終わる。次第に激しいダンスを演じていった黒田は、沈黙の中で吐息を漂わせる。続いてライヒの「ニューヨーク・カウンターポイント」という曲が始まる。やはり速いエイトビート、もしくはトレモロ風のリズムが続く。前曲と同様に、多重録音された音源に加藤の生演奏が乗っかる。高木はいつしか脚立を降りて、客席から写真を撮り始める。これまで撮影していた場所が被写体に変わり、過去になる。黒田が踊りながら脚立を持ち上げ、倒す。そして三角形の青い布を羽織ったり、身にまとわせたりする。黒田の手や足がスクリーンに映し出される。

いよいよ佳境に入る加藤訓子(右)の演奏と中村恩恵(左)のダンス、高木由利子のスクリーン上の写真(12月19日、東京都渋谷区の白寿ホール)=写真提供 Hakuju Hall

後半は振り付けとダンスが中村恩恵に代わる。公演中、4人目の女性アーティストということになる。前半と同様に音楽とダンスと写真の3分野の女性3人によるステージだ。「テトラヘドロン(三角形で構成される四面体)」の公演名はそこに由来している。彼女たちの衣装も重視したショーであり、三宅一生と三宅デザイン事務所が衣装協力している。

中村は喪服のような黒いドレスで登場し、ゆっくりとした沈鬱なダンスを演じる。動きはあまりない。音楽もペルトの静かでゆっくりとした作品に変わった。中村は椅子に座って追憶の表情を浮かべたり、ちょっとした身ぶりで憂愁の雰囲気を醸し出したりする。まるで動きを押し殺して、早く静止画にしてもらうのを願っているかのようだ。貴婦人のたたずまいであり、クラシカルだ。

「ペルトの音楽はライヒとは対照的」と加藤は言う。「ライヒは動。ペルトは静の中に動がある。すぐそこまで移動するのに30秒かかるとか、とてもゆっくりした動きです」。ちょっとした息づかいの変化をも音にするようなペルトの音楽が、中村の高貴な風情のダンスに似合っている。「フラトレス」「鏡の中の鏡」「カントゥス」と、研ぎ澄まされた透明な音色で静かな空間を創り出すペルトの3曲を続けて演奏した。「ペルトの音楽は鐘の音だと思う」と加藤は話す。ペルトの故郷エストニア、その首都タリンで教会の鐘の音を聞いたことがある。その音色は丘の上の旧市街からバルト海へとゆっくりと伝わっていき、いつまでもかすかに倍音が鳴り響き続けていた。

加藤訓子がパーカッション用に編曲し自演したスティーブ・ライヒ作品集CD「クニコ・プレイズ・ライヒ」(英LINNレーベル、輸入・発売 東京エムプラス)
加藤訓子がパーカッション用に編曲し自演したアルヴォ・ペルト、スティーブ・ライヒ、ハイウェル・デイヴィスの作品集CD「カントゥス~ペルト/ライヒ/ハイウェル・デイヴィス」(英LINNレーベル、輸入・発売 東京エムプラス)

微細な弱音の妙を披露したのが最後の曲、デイビスの「パール・グラウンド」だ。「マリンバの独奏曲であり、原曲のまま。コラール風の曲調です。ずっとトレモロが続く中で、音色が微妙に変わっていく」と加藤は説明する。録音された音楽はもう流れない。加藤がひとり静かにかすかなバチの動きを続けて、もうほとんど聞こえないくらいまで小さなトレモロ音を奏でる。ここまで静かな音楽ではもうダンスもできないのか。スクリーンに映るのは、公演中にすでに撮った写真の数々だ。

弱音が完全に聞こえなくなったとき、スクリーン上の写真画像も消えて、すべてが終わった。反復し続けた音が止まった後の沈黙は深い。生命あるものはすべて呼吸や心拍、光合成など反復する営みを続けている。その絶えず繰り返す営みをデジタル装置が模倣するのはたやすい。人間が自らの手でその反復を生み出すミニマル・ミュージックが生命力の核心を突くことを思い知らせる公演だった。(編集委員 池上輝彦)

Kuniko Plays Reich

演奏者:Kuniko
販売元:Linn Records

『カントゥス~ペルト、ライヒ、ハイウェル・デイヴィス』 加藤訓子(打楽器)(日本語解説付)

演奏者:Percussion Classical
販売元:

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