ニホンザルの群れ 実はボスザルは存在しない

日光東照宮の三猿(栃木県日光市、日光東照宮提供)

お正月で浅草などの有名寺社に行くと、猿まわしにあうのを楽しみにしている。お参りしている間に出し物が終わって残念な思いをしたことがあるので、人だまりをかき分け、見終わってから参詣という罰当たりな順序になることもある。

古来から馬を病気から守る役割

現在の猿まわし芸は「周防の猿まわし」と呼ばれる山口県発祥の楽しい大道芸であるが、古来より猿には馬を病気やけがから守る宗教的な力があるとされる。日光東照宮の「見ざる・聞かざる・言わざる」の三猿が神厩舎(しんきゅうしゃ)のなげしの上にあるように、江戸時代には将軍家を筆頭とする武家の厩(うまや)の祈祷(きとう)を職業としていた猿ひき(猿まわし)集団もいた。

ニホンザルはアカゲザルやタイワンザルなどと共にオナガザル科マカク属の一種で、南は屋久島から北は下北半島まで分布する。ヤクザルは本土ザルと比べて長毛小柄で、亜種に分類されている。

ニホンザルの体長はおとなのオスで54~61センチ、体重は10~15キロで、メスは一回り小さい。おとなは顔と尻が赤くて毛が少なく、尻の左右には楕円形の尻だこがある。尻尾は10センチくらいと短いが、千葉県の房総半島で野生化している外来種で近縁のアカゲザルの尻尾は長く、両者からは交雑種が生まれるので遺伝子汚染が問題となっている。

サル類は南方系の動物なので、ニホンザルは地球上で最北端のサルである。雑食性で、果実や種子、若葉、樹皮、常緑樹の冬芽のほか、昆虫なども食べる。

増上寺境内で猿まわしを披露する太郎次郎一門の「ゆりありく」さん(2日、東京都港区)

野生のニホンザルは複数のおとなのオスとメス、こどもからなる集団で群れを作り、数平方キロから数十平方キロの遊動域を移動しながら採食する。群れはおとなメスを中心とした母系社会で、メスは生まれた群れを離れることがない。発情期には乱婚となるので、父親はわからず、母子関係しか確認できない。オスは4歳くらいから生まれた群れを離れ、ひとりザルとして暮らしたり、発情期などをきっかけにほかの群れに入ったりを繰り返す。

自然界では食物を巡る競争はなし

「餌づけ」したサル群や動物園などでの観察から、ニホンザルはボスザルが群れを統率する階級社会で、血縁性、リーダー制、順位制があり、リーダーは勇気があって敵と戦うというイメージが一般に浸透している。ところが、徹底して群れを追って人に慣れさせ、至近距離から見る「人づけ」による観察法で、野生のニホンザルから得られた知見では、群れを統率するリーダーなどはなく、ボスザルという役割も存在しないという。

長野県で見かけた野生ニホンザル。早春に若草の芽を食べている

自然界では、同じ食物を巡ってサル同士が真剣に争うという場面は、別の場所で採食すればよいので生じない。ボス的な振る舞いが出てくるのは、餌づけによって同じ食物を狭い場所で各個体が同時に争うという特殊な状況が生まれたからだという(「ニホンザルの生態」伊沢紘生著)。競争的状況の中に置かれると、最強個体が幅をきかすというのは、人間社会も猿まねをしていることになる。

(帝京科学大学教授・獣医師 桜井富士朗)

桜井富士朗(さくらい・ふじろう) 1951年生まれ。専門は臨床獣医学、動物看護学。77年、桜井動物病院(東京・江戸川)開設。臨床獣医師としてペットの診療、看護にあたるとともに、大学で人材育成を手掛ける。2008年より現職。共著に「ペットと暮らす行動学と関係学」、監著に「動物看護学・総論」など。日本動物看護学会理事長。

※「生きものがたり」では日本経済新聞土曜夕刊の連載「野のしらべ」(社会面)と連動し、様々な生きものの四季折々の表情や人の暮らしとのかかわりを紹介します。