1971年、17歳のデビューからしばらくは下積みの日々が続いた。夜行列車で全国を回る新曲キャンぺーンのさみしい道のり。あつあつのコロッケをほおばっては懸命に歌った。「あばよ」「かもめはかもめ」「夏をあきらめて」などのヒット曲で歌番組や音楽賞の常連になる前の挿話だ。
マネジャーと2人、それぞれの荷物を提げて駅に降り立つ。スナックの明かりが遠くに見えると「あそこに行こうか」と飛び込みで店のドアをたたく。「コスチュームのミニスカート姿のまま、ざっくざっくと雪の中を歩いていました。うー寒い、って震えながら」
がんばってねと励まされることもあれば、「今、お客でいっぱいだから」と断られることもあった。10代で垣間見た大人の世界の現実。だが怖さや不安を感じることは、不思議なほどなかった。売れれば郷里の家を建て直せる。両親を喜ばせたい。その一念だった。
静岡県天城湯ケ島町(現・伊豆市)で生まれた。築100年を超えるかやぶき屋根の下の大家族。後に人気番組「カックラキン大放送!!」で演じた「ナオコおばあちゃん」は、いつも「おかえり」と縁側で迎えてくれ、よき話し相手だった祖母がモデルだ。農作業の手伝いは当たり前。冷たい水に素足を浸してわさび沢に苗を植え付けた。沼津港などの魚も豊富で、食べるものには困らなかった。
当時の好物は母のきんぴら。ニンジンを入れず、ゴボウだけを細く刻んでつくる。いつも間近で見ていたのでレシピは目と舌で覚えている。あとは自家製のわさび漬けがあれば何もいらない。今でもおかずは1品でいい。「ごはんにお漬物とかノリのつくだ煮、金山寺味噌をのせたりね」
幼い子どものころから歌っていた。地元テレビ局主催ののど自慢で美空ひばりの「悲しい酒」を歌い切って合格。歌手志望が次第に募り、入学した県立高校を1年でやめて上京した。デビュー曲は「大都会のやさぐれ女」。
歌手よりも先にタレントとして人気をつかんだ。人気ドラマ「時間ですよ」に19歳で出演。その後、愛川欽也さんと共演したカメラのCMで、あっけらかんとした素顔が評判を呼んだ。少しずつ忙しくなってきてからも続いた旅回り。キャバレーの狭い楽屋で好んで食べていたのが「肉屋さんのコロッケ」だ。
「メンチじゃないの。ふつうのジャガイモのコロッケ。これがおいしくておいしくて」。全国どこでも商店街が元気だった昭和の時代で、精肉店の店先では揚げたてのコロッケを売っていた。ほくほくとした温かみ。カリッと揚がった衣の食感。簡単に食べられ、胃にももたれない。「抜群だな、いちばんおいしい」
もとより出歩くのが好きではないたちで、酒も飲まない。食べたいものを聞かれると、決まって「コロッケ!」と答えていた。「日本中の肉屋さんのコロッケをいただいてましたね。もう、コロッケだけで仕事をする女というね」
阿木燿子さん、宇崎竜童さんコンビの「愚図」がヒットしたのは、デビュー5年目の75年。翌年には中島みゆきさん作の「あばよ」がヒットチャートで1位となり、78年から9年連続で紅白歌合戦に出場する。聴き手の気持ちをからめ取る乾いた諦念と、拭いきれない湿り気が背中合わせになったような無二の歌唱。今はもう少なくなったはやり歌、大人の歌を聴かせる歌手として揺るぎない地位を手にしていく。
ところが、怖い物知らずのままいちずに向きあってきた夢がかなうにつれ、むしろ怖さを自覚するようにもなった。次の曲が売れなかったらどうしよう……。
周りからは落ちついているようにみられるステージも、ほんとうは緊張が先に立ち、自分の声が遠く聞こえる。出来栄えに満足したことは一度もない。なぜか。「人前で歌うことが実は苦手だったんです」。子どもの頃はあぜ道を歩きながら1人で歌っていた。ブラウン管の向こうで何百万人もの人が自分の歌を聴いているという当たり前の事実に、それまでは無頓着だったのだ。
87年の結婚・出産が転機になった。家族ができるのは、16歳で故郷を離れて以来だ。犬や猫など動物も含め、みんなで一緒に暮らす大家族。「私にはあれが理想なんですね」。どんなに忙しくても、自然なもの、手づくりの自分の味で男女2人の子どもを育てた。母譲りのきんぴらもよく作った。伊豆の実家を建て直すという駆け出し時代の念願はデビューから15年ほどで果たした。
愛してもらった曲たちをもう一度、聴き手に届けたいと歌い続けてきた。来年4月に45周年記念の新作アルバムを発表し、5月からはコンサートツアーにも出る。旅先で食べた“原点”のコロッケは今も好きで、移動中、高速道路のサービスエリアやコンビニで、1つ買ってはほお張る。「おいしいですよぉー。あははは」(編集委員 天野賢一)
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家族で通う店、ママさんと慕う女将の串揚げ
東京・経堂の駅前商店街に2013年開店した「おばちゃん割烹 ただいま」(電話03・6413・6370)。「ママさん」と慕う女将の浜野嘉子さん(70)が油で揚げる串揚げは1本100~300円で、肉、野菜、魚介と種類が豊富。もたれず、素材の特徴が生かされていて食べ飽きない。「一番好きなのは……。いや、全部好きだな」
代官山にあった前身の店から、家族で通い続けている。締めに必ず食べるチョコバナナは、串に刺してから凍らせたバナナに衣を付けて揚げ、チョコとシナモンシュガーをかけた一品。食が比較的細い研さんだが「うちではよく召し上がるのでご家族も安心のようです」。
大阪出身の浜野さんが仕込むしめさば(600円)や、トマトとシラスのサラダ(680円)など一品料理も非常に多彩な地元の人気店だ。
[日経プラスワン2014年12月27日付]