ライフコラム

ヒット総研の視点

1年の計も一生の計も「歯磨き」から 日経BPヒット総研 西沢邦浩

2015/1/8

エンターテインメント、トレンド、健康・美容、消費、女性と働き方をテーマに、ヒット案内人が世相を切るコラム「ヒットのひみつ」。いまを象徴するキーワードから、話題の理由、面白いワケなど、「ひみつ」を明らかにします。今回のヒットワードは【歯磨き】。歯磨きの回数が少ない人は、心血管疾患やがんにかかるリスクが高いという研究結果が出ています。何気なく行っている歯磨きが、健康維持にどのような影響を及ぼすか紹介しましょう。

あなたは1日何回歯を磨きますか。そして、その理由は?

こう聞かれたときに、きちんと磨いている人の回答として想定できるのは、「口や歯の間に食べかすが残った状態が気持ち悪いから」「虫歯や歯周病、口臭を防ぐため」といったところだろうか。

2011年の歯科疾患実態調査(厚生労働省)を見ると、実際に日本人のほとんどは毎日歯磨きを行っているようだ。その回数は1日1回が21.9%、2回が最も多く48.3%、3回以上は25.2%。つまり、多くの人々が1日2回以上磨いているということになる。

この習慣の定着がもしかしたら日本人の長寿に一役買っているかもしれない――。

先ごろ、江戸時代の歯ブラシを見る機会があったが、それは現在の歯ブラシより少し長く、片方の先を細かく切ってブラシ状に加工したものだった。房楊枝という。これにハッカや丁子などのハーブで風味を加えた砂をつけて磨いていたようだ。江戸時代といえば、庶民が参加できる文化が大輪の花を咲かせた時代。歌舞伎や花火の鑑賞、伊勢詣の旅の宿といった場で、見知らぬ人と話し交流を持つ機会が格段に増えたことだろう。そんな状況の中で、マウスケアは清潔な口や息を保つたしなみとしても定着していったと推定できる。

なぜ、こんな話を引き合いに出したかというと、東日本大震災の被災地で献身的にメンタルケアを続けてきた知人があるときふとこんな言葉を漏らしたことを思い出したからだ。「避難所で、ほとんど口を開かず、うつ症状を呈しているご老人のカウンセリングをしていたら、“歯磨きができず口が臭いから人と話したくない”とおっしゃった」と。

■口が孤独のもとになることも

歯ブラシや歯磨き剤が入手できなかったり、口をすすぐ水にもこと欠く状況下に置かれたりすることがコミュニケーションの阻害要因になる可能性もある。極端なことを言えば、口臭を気に病んで人付き合いを避け孤独な状態になったら、それは単なる孤独で済まなくなる危険性すらはらむのだ。計約31万人を対象とする148の研究を総合的に分析し、平均7.5年間追跡したところ、孤独は肥満や運動不足、喫煙といった生活習慣よりも死亡率を高めるという結果が導き出されている[注1]

習慣として続けていると、その意味についてじっくり考えることも稀になってしまう。しかし“されどマウスケア”なのだ。

個人が行う歯磨きも大切だが、プロが行うマウスケアに期待される役割も通常の歯科診療を超える場合がある。統合的な口腔治療に取り組むトヨタ記念病院歯科口腔外科の牧野真也科部長は、「災害に伴う避難生活など劣悪な環境で歯科医師や歯科衛生士が行うべきマウスケアは、ただ口の中をきれいにするだけでなく、水がなくても行えるケアや顔のマッサージなどに及ぶ必要がある。食べられる口、自信を持って話せる口を維持するという歯科の役割は命を支えることにつながる」という。

「命の入り口であり、文化の出口なのが口」(牧野科部長)だけに、そのケアは普通あまり意識することがない思わぬ可能性を秘めていそうだ。

■歯磨きで心血管疾患リスクが下がる

風呂敷を広げすぎては小稿の及ばぬところになるので、マウスケアの可能性の中でもここでは特に体の健康を守るという点にフォーカスしたい。

正しい歯磨き習慣が、虫歯や歯周病を予防するというのはだれでもご存知だろう。しかし、近年の研究は、口腔内の疾患にとどまらず、全身の疾患リスクを下げたり改善したりする役割もありうることを証明している。

例えば、英国で35歳以上の男女約1万2000人に1日の歯磨き回数を聞き、約8年間追跡した研究では、歯磨きの回数で心血管疾患にかかるリスクに差が出た。歯磨き回数が1日2回の人に比べて、1日1回では1.3倍、歯磨きをしない人では1.7倍と高くなったのだ。この報告の中で研究班は、高血圧による心血管疾患発症リスクが1.7倍、糖尿病では1.9倍になっていることに触れ、歯磨きをしないことによるリスクはこうした生活習慣病並みだと考察している[注2]

日本で愛知県がんセンター研究所が約2700人で行った研究では、歯磨きをしない人が頭頸部がんや食道がんといった上部消化器がんになるリスクは、1日1回磨く人の1.79倍だった。1日2回以上磨く人では、1日1回の人より、さらにリスクが約18%低下している。喫煙や飲酒習慣がある人たちに限って分析しても結果は変わらなかった[注3]

歯磨きをするかしないかで、このような重大な病気にかかる可能性にまで影響が出てくるかもしれないというのだ。

さらに、マウスケアの内容や技術レベルがものをいうケースもある。特に自分でしっかりとした歯磨きができなくなった高齢者では差が顕著に表れるようだ。

デイケアに通う在宅介護高齢者で、歯科衛生士によるマウスケアおよび口腔衛生指導を週1回受けた人たちと自分でやるだけの人たちを比べたところ、後者では約10人に一人がインフルエンザにかかったが、ケアを受けた高齢者では100人に一人しかかからなかった[注4]。両群間でインフルエンザワクチン接種率や残存歯数などに差がなかったことから、きちんとしたマウスケアがインフルエンザ予防に寄与した可能性がある。

また、11の介護施設入所者約370人を、看護師や介護者によるケアを受ける人たちと受けない人たちにわけて比べたところ、2年間に肺炎になった率が前者では11.4%だったが後者では18.7%に達した[注5]

■歯磨き回数が多い方が若く見える

病気の話ばかりでなく、歯磨きが美容面にも影響を及ぼすかもしれないというデータも紹介しよう。「歯磨きの回数が多いほど、実年齢より若く見えるかもしれない」というもの。 

中国上海に住む25~70歳の女性250人を対象にして、生活習慣をアンケート調査し、顔写真から見た目年齢を算出、実年齢との差を見たところ、歯磨き回数が1日2回の人は1日1回の人よりも平均4.2歳も若かった。

年齢が表れやすいといわれる目元をアイクリームで週4回以上ケアしている人と3回以下の人との差が2.64歳だったので、歯磨きはスキンケア以上に顔の若さ維持につながるかも、として話題にもなった[注6]

もっともこの研究は断面研究というもので、調査時点の状況を調べているにすぎず、歯磨きを“続けること”が見た目年齢にどのくらい影響するかまではわからない。歯磨き回数の多さが、口を中心に顔の筋肉に刺激を多く与えて衰えを防いだのかもしれない。一方、見た目年齢の若い人はそもそも歯の美しさや健康維持に対する意識が高く、定期的に歯科や美容サロンに通っているといった可能性も考えられる。

いずれにしても、きっちり歯磨きを行うことが顔の若さの維持につながるかもしれないとすれば、歯磨きを行うモチベーションも上がろうというものだ。

■がんリスクまで高める歯周病のこわさ

ではどうして歯磨き習慣によってこんなに差が現れるのか。おそらくマウスケアの不十分さが招く歯周病といった病気の影響も大きいと思われる。

先に触れた歯科疾患実態調査によると、日本人で35歳を超えた人の8割以上になんらかの歯周病症状があるという。この病気との関連性があるとされる全身疾患は、肥満から肺炎、心血管疾患、糖尿病、脳出血や脳の老化、さらに男性のED(勃起不全)、女性の不妊・早産まで多岐にわたる。

各種がんのリスクまで高まるとする報告まである。たとえば、約4万8000人の40~75歳の米国人男性を18年間追跡した大規模な研究では、追跡期間中にがんになった人が5720例あったが、歯周病がある人の発症リスクは、肺がんで36%、腎臓がんで49%、血液がんで30%も高かった[注7]

トヨタ記念病院の牧野科部長がいう。「寝たきり高齢者が誤嚥(ごえん)して肺に歯周病菌が入ると肺炎を引き起こすおそれがあるし、歯周ポケットから血流に乗って歯周病菌が運ばれると血管や心臓にダメージを与える。そして歯周病で奥歯を失うと、食事をすりつぶすことができなくなるので食生活の質自体が維持できなくなる」

さらに2014年、歯周病が全身疾患に影響を及ぼす新しいメカニズムが示された。

新潟大学大学院歯学総合研究科の山崎和久教授らによるもので、歯周病菌をマウスの口腔から投与したら、腸内細菌叢(そう)が大きく変わり、全身に炎症が起きたというものだ。菌叢の変化で腸のバリア機能が弱まってほつれが生じ、そこを通って体内に侵入した毒素が血流に乗って全身に達するのではないかとしている[注8]

つまり、歯周病の病巣がある限り、飲食のたびに菌が腸に運ばれ、このようなリスクを持ち続けることになるかもしれないわけだ。

■拡大余地あるマウスケア市場

虫歯の場合も、放置すると脳出血や大腸炎になるリスクがいずれも4倍になるというデータがある[注9]。したがって、歯周病とともに口腔内に疾患がある場合は早めに治療するに越したことはない。

しかし、なんといっても重要なのは歯の病気や欠損を防ぐ日常のケアだろう。その意味で、マウスケア関連企業や歯科が消費者に伝えるべきことは多いのではないか。

何気なく行っている歯磨きが実は全身の健康維持につながっており、だれでも取り組める優れた健康管理術の一つだということを科学的な証拠(エビデンス)をベースにして伝える、といった啓発活動はもっと積極的に行われていい。

また、ストレスホルモンや性ホルモンの量、炎症指標など、唾液・口腔内から得られる生体データは多い。今話題の個人向け遺伝子検査も口の中の粘膜や唾液で解析を行う。そう考えると、定期的なクリーニングなどで患者の口腔内の状態を継続してチェックできる立場にある歯科は、取り組み次第で地域のヘルスケアセンターとして機能できる可能性もある。

「ヒポクラテスがすでに、口腔の疾患は災いのもとになり、その病気をなくせば全身の健康が回復すると指摘している。今こそ、食生活のあり方から関与して病気を予防する取り組みが必要だ」と牧野部長もいう。

歯や口が果たす役割の原点を見つめなおすことで、マウスケア分野での新しいビジネスやヒットが生まれるかもしれない。

最後に、女性が関心を持ちそうなユニークなデータを紹介しよう。

硬いものを食べる女性ほどウエストが細い――。18~22歳の日本人女性の食事調査でわかった相関だ[注10]。顎を強くするために硬いものを食べよう、というより女性の関心を硬い食べ物に引き付ける効果があるのでは?

口もデータも使いようだ。

[注1] PloS Med;7,7,e1000316,2010
[注2] BMJ;340,c2451,2010
[注3] Head Neck.;33,1628-37,2011
[注4] Arch Gerontol Geriatr. ;43(2),157-64,2006
[注5] Lancet;354(9177),515,1999
[注6] PLoS One;5(12),e15270,2010
[注7] Lancet Oncol.;9(6),550-8,2008
[注8] Sci Rep.;4,4828,2014
[注9] Nat Commun.;2,485,2011 Sci Rep.;2,332,2012
[注10] Am J Clin Nutr.;86(1),206-13,2007
西沢邦浩(にしざわ・くにひろ)
日経BPヒット総合研究所 上席研究員・日経BP社ビズライフ局プロデューサー。小学館を経て、91年日経BP社入社。開発部次長として新媒体などの事業開発に携わった後、98年「日経ヘルス」創刊と同時に副編集長に着任。05年1月より同誌編集長。08年3月に「日経ヘルス プルミエ」を創刊し、10年まで同誌編集長を務める。早稲田大学非常勤講師。
[参考] 日経BPヒット総合研究所(http://hitsouken.nikkeibp.co.jp)では、雑誌『日経トレンディ』『日経ウーマン』『日経ヘルス』、オンラインメディア『日経トレンディネット』『日経ウーマンオンライン』を持つ日経BP社が、生活情報関連分野の取材執筆活動から得た知見をもとに、企業や自治体の事業活動をサポート。コンサルティングや受託調査、セミナーの開催、ウェブや紙媒体の発行などを手掛けている。

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