決め手は海洋深層水 生で堪能する「海のミルク」
街を歩いていると「カキ小屋」やオイスターバーを見かける機会が増えた。おしゃれな雰囲気の店から気軽に立ち寄れそうな店まで様々ある。その中で目を引いた一店がある。「水が違う。世界初、『最浄品質』の牡蠣、誕生。Organic Refined Oyster」と書かれた垂れ幕のある店だ。
■ノロウイルス流行が契機に
全国でオイスターバーを28店舗運営する、ヒューマンウェブ(東京・中央)の店だ。この11月、東京駅の八重洲地下街にカキが食べられるその店がオープンすると聞き、訪ねた。
「THE CAVE DE OYSTER」の店内に入ると、壁など内装の鮮やかな赤が目に飛び込んでくる。「カキを浄化する際に使う海洋深層水と、マグマをコンセプトにした」(松倉弘幸取締役)という。
カキは厚生労働省の規格に基づいて生食用の加工基準が定められている。海域の衛生状況に応じ、出荷前に浄化が必要かどうかも設定されている。都道府県ごとの指針が異なる場合もある。
カキは2006年にノロウイルスが流行し、安全面が不安視された。カキはあたるという不安が消費者に広がり、「客足が遠のいた」(吉田秀則社長)。近年は安全性や衛生面へのニーズが高まり、比較的水がきれいとされる海域のカキでも、いったん浄化のプロセスを経て出荷するケースが増えている。顧客を取り戻すため、浄化・洗浄のプロセスが重要になっている。
■1時間に20リットルの海水吸引
ヒューマンウェブの子会社、日本かきセンター(富山県入善町)が運営する広島県呉市の浄化施設では、紫外線殺菌してほぼ無菌になった海水が、36時間以上かけてカキの体内を循環する。カキは1時間に約20リットルの海水を吸って吐き出しているといわれ、その作用を利用してカキを浄化している。
現在、この施設のように、くみ上げた海水を紫外線殺菌し、浄化するのが一般的になっているが「小石の除去や、紫外線の照射方法などが難しかった」(ヒューマンウェブ)。
海水を使って浄化した場合、水温が18度以上になると細菌が増殖するリスクも高まる。海水温を15度以下に保つため、夏場には冷却が必要となり、電気代などコストもかかる。そうした中で注目したのが地球上の海水の95%を占めると言われる海洋深層水を使った浄化方法だった。
富山県の入善町は富山湾に面し、黒部川が造った扇状地で全国名水百選にも選ばれた水の豊かな町だ。海水の清らかさも定評があり、以前から海洋深層水がアワビの養殖に使われてきた。
水深300メートルの海には太陽光が届かず、プランクトンはほとんど生息しない。有害な雑菌も少ない。化学物質による汚染の影響を受けにくく、海水温も2度前後と低く安定している。海水の浄化能力が高く、「より安全性が高まると判断した」(日本かきセンターの津久井研悟社長)。
■銅や亜鉛が増す効果も
ミネラル分が豊富な海洋深層水はこれまで、飲料水や化粧水などに使われることが多かった。海洋深層水を使ってカキを浄化・蓄養してみると、カリウムやマグネシウムの含有量は浄化前と比べてさほど減らず、銅や亜鉛が増えることが分かったという。海洋深層水は、浄化以外の効能もあるようだ。
小売店ではパックに入った生のカキが売られているが、多くの人は食あたりを懸念し、火を通して食べることが多い。カキの食べ方は、鍋の具材など加熱がまだまだ一般的だ。吉田社長は浄化技術の進歩を通じ、「安心・安全な生のカキを普及させていきたい」と語る。今年8月から海洋深層水で浄化したカキを、直営店舗で提供し始めた。年間400万個の出荷を目指す。
海水を使ってカキを浄化する試みはほかにもある。広島ではカキ加工で最大手のクニヒロ(広島県尾道市)がこの夏、殻付きカキの浄化施設を新設した。ノロウイルスなどがない、人工海水を使用する。
桃浦カキ、カキえもん、安芸の一粒……。カキは、全国各地でブランド化が進み、夏が旬の岩ガキも含め、全国に50以上のブランドがあるとされる。産地間競争も激しく、それぞれの産地や加工会社が販路開拓や付加価値の向上に取り組んでいる。海洋深層水を使ったカキの洗浄は、付加価値を高めるこうした取り組みの一つに位置づけられそうだ。
カキは心筋梗塞の予防やダイエットなどに効果があるとされるタウリンやビタミンB12を多く含み、栄養価は高い。この冬は「海のミルク」を生で堪能してみてはいかがだろうか。(町田知宏)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。