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込めるのは心 お年玉袋を「ぽち袋」と呼ぶわけ

2014/12/24

 正月も間近となり、子供たちが待ち焦がれているのがお年玉。お金を入れる祝儀袋を準備した世帯も多いだろう。かつては「お年玉袋」などと呼ばれることが多かったが、近年は「ぽち袋」と呼ぶ地域が増えているようだ。この祝儀袋、なぜ「ぽち袋」と呼ぶのか。そして全国的に広まったそのわけとは……。

ルーツは関西

東急ハンズ渋谷店ではポチ袋の販売量が前年比約1.5倍に伸びている(東京都渋谷区)

 年末の買い物客でにぎわう東急ハンズ渋谷店(東京・渋谷)の正月用品売り場。中でも目立つのが「ぽち袋販売コーナー」だ。2~3年前から少しずつスペースを広げている。ネット上の様々な通販サイトでも、正月用品として「ぽち袋 すりむpochi」「ちょうちょ・洋風ポチ袋」など多種多彩のぽち袋が販売されている。お年玉を入れる袋を「ぽち袋」と呼ぶことはすっかり定着しているようだ。

 ぽち袋収集家というちょっと変わった肩書を持つ豊田満夫さんによると、「ぽち袋」という呼称のルーツは、実は関西にあるそうだ。

 ぽち袋の「ぽち」とは関西弁の「ぼちぼち(ぽちぽちともいう)」からきており、「少しだけ」という意味。水引やのしのついた祝儀袋ほど大げさではなく、旅館や料亭で働く人に客が感謝の気持ちを込めながら気軽に少額のお金を渡すときに入れる袋として、明治時代ごろに生み出された。

 当初は錦絵の技術を生かした木版刷りのものが多かった。というのは、「京都の錦絵の版元が、明治時代に入って売り上げの落ち込んだ錦絵に代わる新たな収入源としてぽち袋を売り出した」(豊田さん)からだ。

錦絵の技術をいかした昭和初期の色鮮やかなぽち袋(豊田満夫氏提供)

 これをきっかけに、ぽち袋は関西を中心に気軽な祝儀袋として浸透していき、1960年代には子供に渡すお年玉袋としても広く使われるようになった。

 関東ではどうだったのか? 「かつては『お年玉袋』と呼んでいましたよ」と語るのは、祝儀袋の老舗「銀座 平つか」(東京・中央)の3代目、平塚彦太郎さん(79)だ。同店が通常の祝儀袋に「お年玉」と木版で刷り込んだ「専用お年玉袋」を作製・販売したのは、東京五輪が開かれた60年代半ばから。

昔のお年玉は餅や酒

 お年玉という言葉そのものは古くからあったが、それまでは、渡すのはお金ではなく餅や酒などの品物が多かったという。次第に日本人が豊かになるにつれ、こうした品物がお金に代わっていき、60年代の高度成長期に入ると一般家庭でも親が正月に子供にお年玉を渡す風習が一気に広まったという。

 お年玉を入れる袋は、もっぱら祝儀袋や文具の専門店、百貨店が扱っていた。それが10~15年前からスーパーやコンビニなど小売りの量販店も扱うようになり、そのころから「ぽち袋」という呼称が広がったという。生活雑貨店のロフト(東京・千代田)が、「ぽち袋」という名称をつけ全国各地の店舗で専用売り場を設けたのも10年前ころからだ。

 もともと関西発祥のぽち袋が、関東をはじめ各地で正月に子供に渡すお年玉袋の呼称として広がっていったのはなぜなのか。そこには、ぽち袋の由来と、お年玉という風習の変遷が密接に絡んでいるようだ。

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