北国育ちの私にとって「冬にちょい寝坊する」のはごく自然なことである。早朝会議に遅刻しそうになることもあるが、冬の間は「雪かきに手間取っちゃって ^_^;」で切り抜ける。夏になれば早起きも楽になるし。
「冬にちょい育つ」のもごく自然なことである。「太った?」なんてデリカシーのない質問にめげそうになることもあるが、冬の間は「イヤイヤ、着ぶくれ」で押し通す。夏になれば少し凹むし。
北国に限らず、冬になると眠くて朝が辛い、体重が増える、という経験をしている方は少なくないと思う。我々が全国各地に居住する一般人約1000人を対象に行った調査でも、成人の10%で睡眠時間と体重に明瞭な季節変動が認められた。睡眠時間、体重ともに1月がピークで、8月が最低となる。この種の調査は世界各国で行われていて、人種、文化、南北半球にかかわらずほぼ同様の結果が得られている。
「冬季うつ」を調べるチェックリスト
冬季に眠気や体重が増加するのと同時に、「人と会うのが面倒」「何事もおっくう」など抑うつ症状が一緒に出現することがある。冬季うつである。秋口から始まって、春先には自然に改善するためそれと気付かず、「寒いから仕方が無い」と諦め、長年辛い正月を過ごしている方も少なくない。
突然ですが、次のチェックリストに答えてみてください。

読者の皆さんは何点だっただろうか。
このチェックリストはSeasonal Pattern Assessment Questionnaire (SPAQ)と呼ばれ、気分や睡眠の季節変動の大きさを簡単に知ることができる。合計点が7点以下であれば季節変動が「正常範囲内」、8点~11点であれば「冬季うつの前段階」、12点以上は「冬季うつの可能性がある」とされる。
先の私たちの調査でもSPAQを用いた。高緯度地方から低緯度地方まで広くカバーできるように北海道(札幌)、秋田県(秋田市)、千葉県(銚子市、習志野市)、鳥取県(鳥取市)、鹿児島県(鹿児島市、奄美市)の5道県7地域で調査を行った。
冬季うつのハイリスク者(12点以上)の割合が一番高かったのは秋田(4.0%)。2番目が札幌(2.9%)。その他のエリアの平均は1.4%であり、いわゆる北国で割合が高いことが分かる。ところが例外もある。鹿児島県奄美市(調査当時は名瀬市)である。ハイリスク者の割合が秋田、札幌並みに高かったのである。秋田、札幌、そして南国奄美、共通項が何か分かりますか。
秋田市の年間平均日照時間は1526時間、全国平均は約1897時間
答えは日照時間が短いこと。
気象庁が作成した1981年~2010年までの30年間の観測値(平年値)によれば、秋田市の年間平均日照時間は1526時間で、都道府県庁所在地の中では全国で一番少ない。ちなみに全国平均は約1897時間、トップの甲府市では2183時間である。
しかし日照時間を観測している全国の気象官署全体で比較すると、最も少ないのは山形県の新庄市(約1323時間)、そして2番目が鹿児島県の奄美市(約1360時間)なのだ。ナゼ南国奄美で日照時間が短いのかというと、北からの冷たい気流と南からの暖かい気流が、ちょうど奄美群島や沖縄諸島付近でぶつかり、雲が多くなりやすいためらしい。
とまれ、ここから分かるのは、冬に睡眠時間が長くなり、食欲が増え、気分が低下するのは緯度や寒暖ではなく、日照時間が短くなることが原因だという点である。少し込み入った話をすると、日照時間と日長時間のどちらが冬季うつの発症に重要であるのか結論は出ていない。日照時間と日長時間の違いは冬季うつのメカニズムにも関わる深~い話なので、次回改めて詳しくご紹介する。
光は物を見ること以外にも作用する
日光はどうやって私たちの睡眠や気分をコントロールしているのか…。疫学調査や生物学的医学研究から、その興味深いメカニズムの一端が明らかにされつつある。
現代生活はさまざまな光に取り囲まれている。太陽光はもちろんだが、白熱電球、蛍光灯、LED(発光ダイオード)など人工照明の光に満ちあふれている。日本人研究者3人が青色LEDの発明で今年のノーベル賞を受賞したことは記憶に新しい。最近はキャンドルも人気だそうな。
これらさまざまな光の情報は網膜の光受容細胞で神経シグナルに変換され、その大部分は視神経を通って後頭葉の視覚野に向かう。すなわち「物を見る」ために使われる。これを光の視覚性作用と呼ぶ。普段、我々が光のありがたみを実感するのは、視覚性作用によって物の形、色、質感が分かることによる。
物事の常で、視覚性作用があれば、非視覚性作用もある。光情報の一部は視覚野ではなく、その他の広範な脳領域に向かう。その出発点はやはり網膜に存在するメラノプシンと呼ばれる特殊な感光色素をもつ神経細胞(神経節細胞)である。メラノプシン含有細胞から出た神経シグナルは、視神経の途中で分かれて視床下部の視交叉上核に向かう(網膜視床下部路)。
視交叉上核に入った神経シグナルは、さらに他の視床下部や脳幹部にある重要な神経核に向かい、自律神経機能や気分の調節のほか、下の図に挙げたような多様な非視覚性作用を発揮する。すなわち、光は物を見ること以外にも我々の心身機能にさまざまな影響を及ぼしているのである。しかし我々が非視覚性作用を実感することは少ない。
照明があるから大丈夫…は誤り

冬になって曇天が続いたり、北国のように日照時間が短くなったりしても、室内照明もあるし生活に不便なし。そのような考えは大きな誤りである。物を見るには十分な明るさでも、非視覚性作用にとっては不十分、真っ暗闇、という場合もあるのだ。
少なくとも日照の季節変動に過敏な人々にとっては、冬季の日照不足が眠気やうつなど心身の不調の原因になっている。極端に日照時間が変動する極地圏では、一般生活者の生殖活動にすら季節変動が認められるとのリポートもある。逆に、盲目の人でも網膜視床下部路が正常に働いて非視覚性機能が保たれている場合もある。
以上をプロローグとして、次回から冬季うつを引き合いに光環境が我々の心身に及ぼすユニークな作用やその対処法についてもう少し詳しくご紹介する。
ちなみに「もっと光を!(Mehr Licht!)」という実にベタなタイトルについてご説明すると、死の床にあったゲーテを安静にするため召使が窓を閉めて部屋を薄暗くしていたところ、少し元気になったゲーテが「もっと光が入るように、寝室の窓のシャッターを上げてくれ(Mach doch den Fensterladen im Schlafgemach auf, damit mehr Licht herein komme.)」と語ったのを、後年の伝記作家が現在のように書き直したのだとドイツ語学者の信岡資生氏は指摘している。
薄暗い部屋でゲーテも気分がめいったに違いない。「もっと光を!」を「さらなる啓蒙を」という意味にとらえる向きもあるようだが、信岡資生氏の解釈の方が私にはしっくりくるのである。

1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。
(日経ナショナル ジオグラフィック社)
[Webナショジオ 2014年12月11日付の記事を基に再構成]