国技としての建築様式 東京駅丸の内駅舎~『日本遺産巡礼』

日経アーキテクチュア

世界遺産に登録された施設には確かにため息が出るような絶品が多いが、海外からお墨付きをもらって初めて訪れるというのは、日本人として少し寂しい。国内には、世界遺産の登録・申請中の有無にかかわらず、必見の歴史遺産がたくさんある。そんな「日本遺産」の中からいくつかピックアップし、現地取材に基づく「旅立ちたくなる」ようなリポートを、ほのぼのとしたイラストとともにお届けする。第1回は東京駅丸の内駅舎。

ガイドに案内されながら観光客のグループがカメラを建物に向ける。観光客はドームの中に入ると、足早に改札を抜けようとするビジネスパーソンに交じって、飽かずに天井の装飾を眺めている。2012年に改修を終えた東京駅の丸の内駅舎(赤レンガ駅舎)では、そんな光景が日常的に見られるようになった。

乗車人数も増えた。改修前まではJR東日本エリアの駅でランキング5位だったが、改修翌年には、新宿、池袋に次ぐ3位にまで上昇した。

東京駅丸の内駅舎(東京都千代田区丸の内1)。辰野金吾の設計により1914年(大正3年)に竣工した鉄骨レンガ造駅舎。関東大震災でも大きな被害は受けなかったが、1945年の空襲で外壁、屋根、内装が損壊。戦後、3階建てを2階建てとする応急的な復興工事が行われた。2003年に国の重要文化財に指定。2012年に元の3階建てに復元された(写真:日経アーキテクチュア)

改修の見せ場は、何と言っても戦災で失われたドーム屋根の復元だ。実は工事が行われる前までは、屋根はそのままでもいいのでは、と思っていた。自分にとってはあれこそが見慣れた東京駅だったし、開業当初のオリジナル・デザインよりも仮設屋根の状態の方が、期間として2倍以上も長くなっていた。これはこれで歴史的な価値があるはずだ。しかし現在、このように多くの人が建物に注目している様子を見ると、復元は大成功だったといえる。

それに、よく見ていくと、単純に創建時に戻したわけではないことも分かる。基本方針としては、当初の状態のまま残っている箇所は保存し、戦災で失われた箇所は復元する。レンガの外壁は2階部までが保存で、3階部は復元だ。ただし、ファサードの中央南寄りにある換気塔のように、戦前に増築されていた部分をあえて残した箇所もある。

また南北のドーム内部では、3階以上の仕上げやレリーフは当初の状態に復元したが、1、2階は現在の駅に求められる機能を満たすべく、新しくデザインし直している。構造上の要求から太くせざるをえなかった柱は、フルーティング(縦溝)を模したデザインを踏襲。柱頭部にはかつてと同じような装飾を付けながらも、改修年を意味する「AD2012」を刻印することで、新しいデザインであることを明示した。そして床面には、戦後復興で設けたローマのパンテオンを模したドーム天井の見え方を、石張りのパターンに置き換えて用いている。

過去から現在に至る100年間、そのすべての時代へのリスペクトがこの改修には感じられる。建築保存の方法として、一つの見本となる態度だ。

相撲好きの建築家、辰野金吾

東京駅の設計は、もともとドイツの鉄道技師であるフランツ・バルツァーによって進められていた。この案は、千鳥破風の屋根が架かった和風の建物が、バラバラと並んでいるというものだった。

その後、設計者として呼ばれたのが辰野金吾である。日本銀行本店などを設計したほか、大学教授として多くの建築家を育てる役も負った。明治の建築界における最大のリーダーだ。

辰野はバルツァーの案をひとつの長い棟にまとめ、和風を排したデザインに改めた。デザインは英国建築の流れに位置付けられるクイーン・アン様式。古典様式のスタイルを自由に組み合わせて使っている。

外観を特徴付けているのは、赤レンガと白い大理石によって構成された紅白のストライプ模様だ。日本銀行京都支店(1906年、現・京都文化博物館)、旧盛岡銀行本店(1911年)など、辰野の他の作品にも多く見られる手法で、「辰野式」とも呼ばれる。

(イラスト:宮沢洋、以下同)

ところで建築史家の藤森照信は、著書『建築探偵の冒険〈東京篇〉』(1986年、筑摩書房)のなかで、東京駅の建物を横綱の土俵入りに見立てている。ドーム屋根は大銀杏(おおいちょう=関取の髪形)のようだとも。

そんな連想をしたくなるのは、辰野が大の相撲好きだったからだ。自宅には土俵があり、息子を相撲部屋に入れて相撲取りにならせようともした。そして国技館(1906年)も設計している。これは巨大なドーム屋根の建物だったが、1917年に火災で焼失した(その後、再建されるも現存せず)。

建物をつくることで「日本の様式」を示す

辰野の国技館を調べていて分かったのは、相撲は明治時代、まだ国技としては認められていなかったということ。初めて相撲の常設会場が完成し、その名前がいくつかの候補のなかから「国技館」に決まる。それによって相撲は国のスポーツというイメージが定着したのである。

考えを巡らすと、東京駅の建設によっても、これと似たことが行われたといえる。ススキが揺れる野原に停車場をつくり、「東京」駅と名付けることで、そこが東京の玄関であり、日本の中心であることが印象付けられた。

そして辰野は、建築様式においても同様のことを目指したとは言えまいか。建物をつくることによって、“日本の様式”を示すこと。それは決して、伝統的な和風の流用ではなしえない。過去の様式を持ち出しても、新しい近代日本にはそぐわないのだ。だからこそ、バルツァーの案は否定しなければならなかった。

辰野には奈良ホテル(1909年)など、和風を採り入れた作品もあるが、それはもっぱらリゾート施設に限られる。公共的な建物は赤レンガの「辰野式」にこだわった。

日本では現在、赤レンガの建築が近代建築の同義語のようにも使われている。辰野による“日本の様式”のもくろみは、確かに成功したといえるだろう。

(ライター 磯達雄、イラスト 日経アーキテクチュア編集 宮沢洋)

[日経アーキテクチュア『旅行が楽しくなる 日本遺産巡礼 東日本30選』を基に再構成]

(参考)日経アーキテクチュア『旅行が楽しくなる 日本遺産巡礼 東日本30選』では、開業100周年「東京駅」、近代化の傑作「富岡製糸場」から古代の最先端「伊勢神宮」、「三内丸山遺跡」まで東日本の珠玉の名所の30選をイラスト入りでリポート。これまでの旅行本とは一線を画すダイナミックな写真も見物。旅のお供にお薦めの一冊です。『旅行が楽しくなる 日本遺産巡礼 西日本30選』、および両書の電子書籍も同時発売。

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