第3回国際音楽祭NIPPON「諏訪内晶子&エンリコ・パーチェ デュオ・リサイタル」日本で育ち、欧州で磨かれた技と“歌”

名器ドルフィンで思い出すのは2011年11月10日、パリのコンサートホール「サル・プレイエル」で聴いたパーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団と諏訪内との協演だ。メンデルスゾーンの「バイオリン協奏曲ホ短調」の第1楽章で突然、ドルフィンの弦が切れた。たまたま最前列で聴いていたので、彼女の「やっちゃった」という苦笑いが見て取れた。すかさずコンサートマスターが自分のバイオリンを渡して諏訪内は展開部を弾き続けた。コンマスがドルフィンを舞台上で修繕する様子をパーヴォが「まだか」といらだちの表情で目配せしながら指揮していた。驚いたのは、明らかに音質が違う別のバイオリンでその曲の難所を彼女が完璧に弾きこなしたことだ。「演奏家はタフでなければ務まらない」と諏訪内。修繕されたドルフィンを再び弾き始めたとき、彼女の技巧と度胸もさることながら、名器の持つ音色の魅力を痛感させられた。

そんな名器が奏でる3曲目の武満徹「悲歌」。「日本の能に似ている。静かな中に緊張感がある」とパーチェが終演後のトークで語った通り、クリスタルのように研ぎ澄まされたピアノの繊細な響きが印象的だ。そのピアノの上を透明で緩やかな水のようなバイオリンが流れていく。「ぜひ現代作品も入れたい」という諏訪内の熱意にパーチェが応え、日本の透徹した美を体現する現代音楽が上演された。

やはり白眉は最後の演目、R・シュトラウスの「バイオリンソナタ変ホ長調作品18」だった。今年生誕150周年のこの作曲家が交響詩やオペラに本格的に手を染める前の、ロマン性が濃厚な室内楽作品だ。諏訪内は非常にデリケートな強弱の表情付けをし、この曲の美しい歌を引き出していた。とりわけ第2楽章の弱音の繊細な美しさは、この曲を初めて聴く気分にさせた。アンコールではさらにラフマニノフの歌曲の名作「ヴォカリーズ」をバイオリンで切々と歌い上げた。日本が生んだ高度な演奏技術が、長年の研さんによって深みを増し、確かな歌を獲得している。それが国際的な説得力を持つことを示す演奏だった。

この音楽祭で諏訪内が情感あふれる演奏をする予感はあった。11月11日、サントリーホール(東京・港)でアントニオ・パッパーノ指揮ローマ・サンタ・チェチーリア国立管弦楽団との協演でブルッフの「バイオリン協奏曲第1番」を演奏したときだ。やはり歌の国イタリアのオーケストラに触発されたのか、自筆譜の徹底的な読み込みの成果か、彼女のブルッフは歌う旋律にあふれていた。

諏訪内晶子のバイオリン、ウラディーミル・アシュケナージ指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団による「メンデルスゾーン&チャイコフスキー バイオリン協奏曲」のCD(ユニバーサル)
諏訪内晶子のバイオリン、イタマール・ゴランのピアノによるバルトークやエネスコらの民俗色あふれる作品を収録したCD「諏訪内晶子 エモーション」(ユニバーサル)

12月7日の横浜みなとみらいホール・大ホール、同8日の名古屋の愛知県芸術劇場コンサートホールでパーヴォ指揮ドイツ・カンマー・フィルと協演するのは得意のメンデルスゾーンの「バイオリン協奏曲ホ短調」。さらに7日はフランスの作曲家カロル・ベッファに委嘱した「バイオリン協奏曲」も世界初演する。この新曲にベッファは英国の日本人作家カズオ・イシグロの長編小説「浮世の画家」にちなんで「ア・フローティング・ワールド」という副題を付けた。日本に生まれて幼少期に英国に渡り、英国人以上に英国的、日本に住む日本人以上に日本的な小説を書くイシグロ。その作品に触発された協奏曲を諏訪内が弾く。「国際音楽祭NIPPON」の名に込めた思いにふさわしい演目ではないか。

(編集委員 池上輝彦)

メンデルスゾーン&チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲

演奏者:諏訪内晶子
販売元:ユニバーサル ミュージック クラシック

エモーション

演奏者:諏訪内晶子
販売元:ユニバーサルクラシック

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