第3回国際音楽祭NIPPON「諏訪内晶子&エンリコ・パーチェ デュオ・リサイタル」日本で育ち、欧州で磨かれた技と“歌”

まずはモーツァルトの「バイオリンソナタ イ長調K.305」から始まった。活発で明るい曲調の第1楽章では当初、やや生真面目な堅さがあったが、息の合った演奏ではある。リズム、テンポ感が見事に合っており、隙のない緊密な運びだ。すべての音符が明瞭に浮かび上がる演奏で、安定感は抜群だ。

諏訪内晶子とエンリコ・パーチェによるバイオリンソナタを中心としたリサイタル(11月30日、横浜みなとみらいホール)=写真 大杉 隼平

では完璧な演奏から何を聞き取ればいいのか、聴き手にとってもモーツァルトは難しい。ちょっとしたニュアンス、表情付け、もう少しシャープな切り口のほうが良いと思われる部分など、いろいろと考えているうちに曲が終わった。だがこのモーツァルトからは歌が聞こえてきた。イタリア人パーチェの歌心が諏訪内から歌謡性を引き出したのか。パーチェのピアノと溶け合って、正確な響きの中に、歌うモーツァルトが聞こえる気がした。

楽譜に忠実かつ正確な諏訪内の演奏はチャイコフスキーコンクールの優勝時から定評がある。彼女が師事したバイオリニストの江藤俊哉は、日本発の音楽教育法「スズキ・メソード」の創始者である鈴木鎮一の門下生で、その指導を最初に受けた演奏家といわれる。モーツァルトやベートーベンが生まれ育った欧州とは環境も風土も異なる日本でクラシック音楽を弾きこなそうとすれば、幼少時から母語のように弾き方を教える「メソード」の教育法が効果を上げやすかった。戦後日本の演奏技術は急速に高まった。諏訪内は江藤の門下生として、まさに日本の音楽教育の申し子として国際コンクールで優勝するという成果を上げた。

正確を極める演奏は、ややもすれば感情の通わない音符通りの「機械性」を指摘されやすい。諏訪内はチャイコフスキーコンクールで優勝後、世界的チェリストで指揮者のムスティスラフ・ロストロポーヴィチから個人レッスンを受けたことがある。「ショスタコーヴィチやプロコフィエフとも親交があったロストロポーヴィチが言うには、彼らはいきなり曲を書いたわけではない。生活の中で曲を作った。だからあなたも作曲家の人生や背景を考えてから弾きなさいと。それまでは偉大な作曲家が同じ人間だとは考えられなかった。ショスタコーヴィチって人だったんだと改めて思いました」。そう当時を振り返る。

その後、諏訪内はニューヨークのジュリアード音楽院に留学し、さらに国立ベルリン芸術大学でも学んだ。1990年代後半からパリに在住し、欧州の空気を長く吸ってきた。すべては西洋音楽の核心に迫るための努力だったといえる。「作曲家の自筆譜の複写版を集めている」と彼女は話す。「試行錯誤の跡がある自筆譜から作曲家の意図を深く読み取るべきだ」という考えの持ち主である。自筆譜の読み込みを通じて楽譜の変遷、その深淵や裏側までを音楽に反映させようと努めているようだ。そうした「原典主義」を徹底すれば、いつしか作曲家の人生の核心に触れる日が訪れ、生活感のある歌を生み出す可能性も高まっていく。

情感豊かな歌を奏でたアントニオ・パッパーノ指揮ローマ・サンタ・チェチーリア国立管弦楽団とのブルッフ「バイオリン協奏曲第1番」(11月11日、サントリーホール)=写真 堀田 力丸

この日の諏訪内のバイオリンはいつになく歌っている。それを確信したのが2曲目のフォーレの「バイオリンソナタ第1番イ長調作品13」だ。このロマンあふれるフランス近代音楽に至って、2人の感情的で叙情的な側面が浮き彫りになってきた。第1楽章のスケールの大きな二重奏は、感情の宇宙ともいうべき広がりを持って響いてきた。

それにしても音が遠くに届くバイオリンだ。収容人数2020人の横浜みなとみらいホール・大ホールでの公演ながら、最弱音に至るまでよく響き、ピアノの強音にもかき消されない。諏訪内がいつも弾いている世界三大ストラディバリウスの1つ、1714年製作の「ドルフィン」は、20世紀最高のバイオリニストといわれるヤッシャ・ハイフェッツが愛用していた名器である。この貴重な名器を彼女は日本音楽財団から貸与されている。

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