2014/11/27

わたしの投資論

いま思えばあれは投資でも何でもなく、ただ売買しているだけでしたね。それからは仕事をしながら、投資とは何かを学んでいきました。勉強になったのは米国のLBO債という企業買収を伴った低格付け社債の運用です。10年、15年と保有することを前提に、発行体企業の事業や財務の分析をかなり緻密にやりました。

企業の評価といえばいまでも四半期決算と1年後の業績予想が主流ですが、このときに長期で企業を見る目を養ったことが、その後役に立ちました。資産運用の仕事を楽しいと思うようになったのもこのころです。目をつけた企業が成長していくのを見るうちに、自分の仕事がグローバルな経済活動に結びついていると感じたのがうれしかったです。

■自分のお金が経済活動に参加

当時やっていたのは、人がまだ気づいていない割安なものを見つけて買い、同時に割高になっているものを売るという取引です。市場のゆがみを突く裁定取引で、いまでいうヘッジファンドと同じですね。当時はそれがかっこいいと感じていたし、それこそが資産運用だと思っていました。

ところが、あるときこれって自己満足じゃないかと気づいたんです。いくら顧客の資産を増やしても、それだけでは社会的な役割を果たしているとはいえません。もうけを狙った売買には金融市場に流動性を供給するという役割はあるかもしれませんが、それだけです。極端な話、ほとんどのヘッジファンドがなくなっても実体経済にはたいして影響がありません。

それでも、産業として存在している以上、この資産運用という商売にも本来の意義があるはず。そう考えてたどり着いたのが、「本物の投資とは、世の中が豊かになり笑顔や幸せが増えていく方向にお金を動かすことだ」という結論です。これはセゾン投信の基本理念であり、自分が生きる上でもいつも意識していることです。

投資したお金というのは、要するに産業資本です。自分のお金も企業の事業に、もっと広くいえば経済活動に参加しているわけです。そう考えると楽しいですよね。大事なのは、すぐ売ってしまったら参加したことにならないので、投資期間は長くないといけないということ。つまり長期投資です。投資というのは本来バイ・アンド・ホールド、「買ったら売る」ものではなく「買って持っている」ものなんです。僕もいまは自分の資産をほとんど投信で持っていますし、一度も売っていません。

日本の個人投資家にはこの感覚が足りないと感じます。投資というと相場の中で値段を追いかけることしか思い浮かばないから、値動きに一喜一憂してしまうんです。いくら売買を繰り返しても、そのお金は社会の役に立ちません。ギャンブルが好きでそういう取引をしている人にもそこは意識していてほしいですし、それだけじゃなくて長期投資もしてほしいと思っています。

近づくキャッシュレス社会
ビジネスパーソンの住まいと暮らし