珍味ではなくなった 野性味あふれるジビエの魅力国産普及、害獣対策にも一役

先日、駅ナカのハンバーガーショップ「ベッカーズ」に入ったところ、カウンターのメニューの「ベッカーズ別格」が目に飛び込んできた。「信州ジビエ鹿肉バーガー 690円」。通常のハンバーガーより300円も高い。迷わずにジビエバーガーを選んだ。

クセ・生臭さなし 驚くほど淡い味

ベッカーズの「信州ジビエ鹿肉バーガー」。11~12月の期間限定販売

「焼くのに10分ほどお時間をいただきます」

「別格」を名乗るだけあり、ファストフードには珍しい重厚感がある。あるいは頼む人が珍しく、作り置きでは廃棄のリスクが高すぎるのかもしれない。

ハンバーガーが到着する。外観だけでは普通の牛肉ハンバーガーと大きな違いはない。パンと肉の合間から顔をのぞかせた大ぶりな信州あわび茸(たけ)がいかにも秋の風情を醸し出している。

ガブリとかじりつく。ジビエ(野生動物)から連想されるクセの強さ、生臭さは感じられない。むしろ驚くほど淡い。玉ネギの甘みの方がよほど自己主張が強い。それでも味覚を研ぎ澄まし、何とか「鹿肉らしい滋味」を感じようと集中する。時たま、独特の野性味が口内をよぎる。少なくともそんな気がする。

情報社会において、人はモノ自体を享受しているのではなく、情報を消費しているというのが定説だ。「モノではなくコト(ストーリー)を売る」といったマーケティング手法も情報による付加価値アップを説いたものだ。大切なのは「自分が食べているのは信州の鹿肉なんだ」という情報である。そこに通常のハンバーガーとの差額300円の価値がある。

普及へ行政も後押し

「ベッカーズ」と「ベックスコーヒーショップ」を展開するJR東日本フードサービス(東京・北)が長野県産鹿肉を使ったメニューを提供し始めたのは2011年。当初は3店舗だけだった取扱店舗が100店にまで拡大したのは、こうした価値観を共有する人が多いからに違いない。

エスポワールのシカ肉ロース。濃厚な味わいがある。皿全体を使って自然を表現する

JRにジビエの活用を提案したのは長野県蓼科高原で「オーベルジュ エスポワール」を経営する藤木徳彦シェフだ。観光客が減る冬の集客対策として10年前から地元の鹿肉などを使った料理を出し始めた。

やがて県から料理店向けにジビエの調理法を教えるセミナー依頼などが入るようになる。行政も曖昧だった衛生管理のガイドライン策定などで後押しし、「信州ジビエ」が広がった。現在はNPO法人「日本ジビエ振興協議会」(埼玉県三郷市)の代表も務め、ジビエ普及のために全国各地を行脚する。

「ジビエ」とはフランス語で狩猟の対象となる野生の鳥獣類を意味し、牛や豚、鶏、羊など家畜類と区別される。貴族が自らの領地で狩った獲物を食材にしたのがルーツで伝統、格式ともに申し分ない。貴族にとっては豊かな土地と腕の良い料理人を持つ証しでもあり、ステータスシンボルとなっていたようだ。

背景に天敵オオカミの絶滅や猟師の高齢化

エスポワールのシシ肉。甘みのある脂身が魅力だ

ところが最近、珍味とみなされがちだったジビエ料理が日本でも広がりつつある。最大の理由は野生動物が増えていることだ。温暖化で冬が過ごしやすくなったこと、天敵であるニホンオオカミの絶滅、猟師の高齢化などが原因といわれる。

シカやイノシシを中心とした12年の捕獲頭数は約80万頭で10年前から2倍以上に増えた。「猟師さんが獣肉処理施設に売るシカの値段は15年前には1頭10万円ぐらいした。今は1万円しかしない」(藤木さん)

一方、鳥獣類による14年度の農作物の被害は全国で70万トンと10年前の1.8倍に増えた。従来、ジビエ食材は輸入に頼ることが多かったが、捕獲した国産ジビエを活用すれば「害獣」が「食材」に変わる。長野県、岡山県、和歌山県、鳥取県などは地域ぐるみでジビエ振興に取り組んでいる。

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