医師でさえも偽薬の影響を受ける
なぜこのような面倒な方法を用いるかというと、偽薬であっても「服薬している」「実薬かもしれない」「治療を受けている」という意識、服薬する行為そのものがこれから説明するようなさまざまな心理面、行動面の変化を引き起こし、病気の経過に大きく影響するからである。「プラセボ対照・無作為化・二重盲検・群間比較試験」は偽薬の影響を取り除くために巧妙にデザインされた試験方法で、世界中の新薬治験の多くがこの方法を用いている。

そもそも病気の経過中には何も治療しなくても、改善したり(自然治癒)、逆に悪化するなど症状がかなり変動する。不眠症も症状が変動しやすい病気の1つである。効果の弱い治験薬でも服用するタイミングによっては大きな効果があるように見えてしまうことがある(上図の1階部分、以下同)。
次に、治験に参加するという行為自体が病気に影響することがある。例えば睡眠薬の治験では服薬時刻を一定に保つように指示されるため、おのずと就床、起床時刻が一定に整うようになり、このような規則正しい睡眠習慣そのものが不眠症の治療につながってしまう。そのほか、喫煙や飲酒を控える、日光浴や運動を増やすなど知らず知らずのうちに快眠につながるようなライフスタイルの変化が生じることがある(2階部分)。
治験薬を服用することの心理的な影響もある(3階部分)。実薬かもしれないという期待感だけで不眠症状が軽快することが少なくない。また、治験薬を服用する緊張感は副作用の出方にも影響する。偽薬にもかかわらず、さまざまな副作用が出現することがある。これをノセボ効果と呼ぶ。
心理的影響は症状をチェックする医師の側にも生じる。不眠症状や副作用の有無を患者から聞き取る際に、主治医が割り付けられた薬剤を知っていると判断にバイアスがかかるのだ。
実薬の「真の効き目(薬理学的効果)」は最後の、図の4階部分に相当し、これを効果量(effect size)と呼ぶ。実薬と偽薬の差を見ることで初めて効果量の大きさを知ることができる。効果量の大きい薬剤は治験を容易にクリアし、発売後も人気のある治療薬となることが多い。
偽薬を服用したときにみられる3階部分までをプラセボ効果と呼ぶことが多いが、無治療でもみられる1階部分を除いた2階、3階部分だけを(真の)プラセボ効果と呼ぶこともある。