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芥川賞作家が語る、出産してからの苦しく楽しい2年間

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日経DUAL

ミュージシャンであり、詩人であり、女優活動も。小説家としては2作目『乳と卵』で芥川賞を受賞。私生活では、同じ芥川賞作家である阿部和重さんの妻であり、2歳になる息子のママである。思うままに生きてすべてを手に入れ、まさに行く手に怖いモノなし、といった印象さえ受ける作家・川上未映子さん。そんな彼女が包み隠さず語る、出産してからの苦しく楽しい2年間は、すべての働く母親を勇気づけます。

日経新聞社と日経BP社が主催したイベント「WOMAN EXPO TOKYO」(2014年5月24日)で川上さんが登場したトークショーも、大盛況に終わりました。あの場にいられなかったという人のために、このトークショーのハイライトをお届けします。

苦しかった時期に助けられた無数の言葉

――2014年7月に刊行された『きみは赤ちゃん』(文藝春秋)は、ウェブサイト「本の話WEB」で連載していた妊娠・出産体験記に「産後編」の書き下ろしを加えたエッセー集です。純文学の世界で活躍され、アーティストという印象の強い川上さんが、妊娠から出産、育児についてまでを日常エッセーの形で発表されたことが意外でした。

アーティスト…。実際に会えばこんな感じですけれど。おっしゃる通り『きみは赤ちゃん』では、妊娠発覚から出産、育児を経験した2年間の、心と体に起こった全部を書きたくて、なんとか1冊にまとめることができました。

妊娠・出産から産後の2年間、本当に色々なことがありましたが、「母、というか、人間はどこまでも孤独だ」と思い知ったことが大きかったです。あべちゃん、あっ夫です(笑)、あべちゃんは、何時間でも対話をして相手を理解しようと努める人ではありますが、私の体が体験しているしんどさは、絶対に分からないわけじゃないですか。もちろん、私や妊娠にかかわらずですけど、他人のしんどさというのは、本当のところは理解できるものではないんですよね。

そんなとき、つわりの時期につわりについて検索して、いろんな人のブログなど、その体験を読んだりして。同じ経験をした人の、苦しみや悲しみ、喜びに触れて、「誰にも理解されないしんどさを生きてきた人たちが、こんなにもいたんだ」って。会ったこともなく、顔も知らない人が書いた無数の言葉に助けられました。これから妊娠・出産する人、あるいは周りにそういう人がいる人や興味がある人に読んでもらって、少しでも何か力になるような1冊を作れたらいいなと。そんな思いが強くありました。

「なんでみんなができて私はできないんだろう」のワナにはまる

――川上さんも、妊娠・出産、そして産後に不安定になった時期があったんですよね。

すごくいいかげんで、自分の基準でなんでもやってきたと思っていたのに、「なんでみんなができているのに私はできないんだろう」と、不安定になりました。「もっとこうしたい」とか、自分の中から湧いた気持ちで焦るのは健康的だと思うんです。ただそれが、雑誌や世間の「母親ってこうでしょ」みたいな意見に影響されたり、そんなふうに外圧からくるあおりで焦らされると、本当にしんどい。

女性ファッション誌を開くと、「ママとして、妻として、キャリアウーマンとしても輝いて!」とか、ものすごく要請してくるでしょう。ママ向けのファッション誌の写真を飾るモデルは、25万円のブランドもののスカートをはいて、フルメイクで、髪の毛をきれいに巻いて、右側には子どもを抱えている。普通に考えるとありえないけど、そういうのに触れ続けていると「こんなライフスタイルを送れている人がいるんだ」と、どこかでやっぱり思っちゃう。

「楽しそうだから私もがんばろう!」とポジティブに受け止められればいいんですよ。でも、「なんで私はできないんだろう。みんなできているのに…」と追い込む人もいると思う。私なんかは、愛情いっぱい、しあわせいっぱいで夫婦円満っていう体験なんかを読むと、「ああ、私は全然そんなふうにできてないな…」って暗くなりました。

――川上さんは、女性ファッション誌の作られたイメージを見ても鼻で笑ってそうなのに。ちょっと意外です。

基本的には、それこそ、そういうイメージがフィクションだって分かってるんだけれど、実際に経験したらそんなふうに思っちゃったの。とにかく産後は不安定で、被害妄想に陥りがちで、普段なら何でもないことで傷ついたりするんですよね。あと、ナルシズムの一種なんだろうけれど、出産後も産む前と同じスピードと量で仕事ができて、家のこともできていなければいけない気がしたんです。特に産後は"働きホルモン"という、自分の能力の何倍も何倍もやってしまう成分が出ちゃうらしいんですよ。

"働きホルモン"に翻弄されて

その"働きホルモン"の影響なのか、産後もごはんのおかずを4品も5品も作っていました。数時間おきに授乳する生活で、寝てなくて本当に辛いのに。あべちゃんも「作らなくていいよ。買ってくるからちょっと横になってなよ」って言っているにもかかわらず、「いや、私がおいしいもの食べたいんだよね、作る作る」とかハイテンションで言いながら、涙が出てきちゃうの。部屋も隅々まで掃除しちゃって。

すべて完璧にできないと、働きながら子どもを育てていく資格がないように思ってしまっていて。資格なんてないんですよ、今なら分かる。でも自分で思い込んで、ものすごくきつかった。特に産後半年から1年は、思いもよらないがんばりと虚脱が、ものすごく速いサイクルで繰り返されるようでした。

「産後はこういうことがあるからがんばりすぎないでね」と何十回も聞かされていたんですよ。でも渦中にいると何を言われても分からないの。2年経った今は分かる、産後にそういう中でがんじがらめになっているお母さんに、「授乳以外は、もう何もしなくていいよ……」って本当に伝えたい。

――仕事は、産休・育休という形を取らなかったわけですか?

産むギリギリまで何か書いていたし、産んでからもそうでした。どーんと構えられる人は「2年ぐらい休んだって別に」と余裕でいられるんだろうけれど、私にはできなくて。作家という仕事は自由が効く部分も大きいですが、産休・育休制度が何かの形で保障されているわけじゃないですし。実際問題、書くのをちょっとでも止めると勘が鈍ったりしちゃうんです。産後は日に日にものをきちんと考えられなくなっているような気もして、それも怖かった。

一方で、赤ちゃんはものすごくかわいいから、「こんなにも最高のものと出会えたのに、どうして仕事なんてしているんだろう」と思うときもありました。ベビーシッターさんに預けて小説を書いていると、自分がものすごく取るに足らないことをしている気にもなって。

「赤ちゃんをくくりつけて小説を書いたるで」ができない…

それで赤ちゃんにずっと向き合っている日が1週間くらい続くと、また考えるんですよ。「小説を書き始めて6年目の30代の大事な時期、今一番技術的に鍛えないといけないのに。この貴重な時期に小説を書かなくなったら…私はもう書けなくなってしまうかもしれない、何をしているんだろう」と。当時のジレンマを表すと、「24時間育児して、24時間仕事したい」のが本音でした。

芸術家・岡本太郎さんのお母さんで小説家だった岡本かの子さんが、太郎さんを生んだときに、「太郎さんを柱にくくりつけて小説を書いた」という有名なエピソードがあるんです。産む前までは、「このエピソードのように赤ちゃんをくくりつけて小説を書いたるで」と、自分と赤ちゃんを簡単に切り離せる気でいたんです。

でも、実際は全然できない。赤ちゃんがちょっと泣くと、体が引き寄せられるの。自分が泣いたり悲しんだりするのと同じように、ひょっとしたらそれ以上に悲しかったり、ダイレクトに受けるんですよね。子どもは自分とは別の人間ではあるのだけれど、言葉がはっきりしない2歳ぐらいまでは、母親の体の延長にある気がします。初めて息子をシッターさんに預けて仕事に出かけたとき、電車で向かったのですが、子どもと私をつないでいる糸がふわぁと伸びていくイメージがありました。さらに痛感したのはおむつ替えのとき。

あべちゃんが替えてくれているのを見て、自然と「ありがとう」「あ、ごめんね」と言っちゃう。二人にとって大切な存在に対して当たり前のことをしているだけなのに、「ありがとう」って何? と、あるとき引っかかったわけですよ。あべちゃんに「私がおむつ替えをしていると、私に対して『ありがとう』『ごめんね』って思う?」と聞いてみたら、きょとんとしていました。「そういう発想は全くない」と。

そのとき、ああそうかと。やっぱり自分の体から生み出した赤ちゃんだから、赤ちゃんの排泄物も自分のもののように感じるんですよね。赤ちゃんが泣いていると、自分が泣いているように、自分が迷惑をかけているような気持ちになるんです。特に排泄という、より体に近いものだからこそ、お母さんに植えつけられた身体性が確かにあると思いました。

気づけば刷り込まれていた"お母さん的な物語"

――子どもと一体化してしまうような状態だったのが、今は保育園に預けて仕事をしていらっしゃる。どういうふうにご自身を納得させたのですか?

完全に納得してるかっていうと、よく分からないなあ。預けないと仕事ができないから、預けてるって感じなのかも。今の時代、女性も自立してちゃんと一人でも食べていけるようになりなさいと言われますよね。実際、今は結婚してもどちらかの稼ぎでどちらかを養うのが構造上難しいし、共働きでやっていくのは、もう常識。でもそうは言っても、女性が社会に出るとき、男の人と同じ条件ではないですよね。

その一方で、子育てにおいてかけがえのない時間を子どもと過ごしたいと強く思う男性もいると思う。だけど男性が育休を取ることはやっぱりまだまだ珍しいし、社会の構造、就労態勢がそれを許さない部分が大きいじゃないですか。育児に関して、働く男女はそれぞれにしんどさがありますよね。

作家という賃金面では男女差がない職種であっても、精神面では差はあります。たとえば、私が出張した場合、ほとんどの場合「赤ちゃんは誰が見ているの?」と聞かれます。でも、赤ちゃんがいる男性作家が聞かれることはほぼない。聞いた人には、もちろん悪気はないんですよ。でも、子どもを預けて仕事をしていることにうしろめたさを感じているときに聞かれたら、グサッとくるわけです。男女が同じように働くようになれば子どもに対しても対等なはずなのに、世間からの刷り込みはそう簡単に変わらないんですよね。

直接仕事にかかわることじゃなくても、世の中で言われている「お母さん的物語」にも、けっこうあれこれ悩みました。たとえば「3歳児神話」。3歳まで子どもはお母さんと一緒にいたほうがいいとか。世の中で言われている「お母さん的な物語」に、私は本当にがんじがらめだった。

産後から1年間は、余裕はきっとないけれども、世間で当たり前と言われているいろんなことをちょっと一人の時間に1個1個外してみるのはすごく大事だと思いました。自分こそが、スタンダードだと考えていいくらい。

「こうありたい」自分像はどこから輸入したんだっけ?

――どんな人も自分が考える以上に、そういった"イメージ"に縛られていることはあるかもしれないですね。

意識、無意識にかかわらずありますよ。おなかに手を当ててほほ笑んでいるお母さんの絵とか、何気ないCMとか、それまで読んだり見たりしてきたもので"お母さん的な物語"は自然と刷り込まれてると思います。妊娠や出産は、幸せそのものなんだと。でもそういったものは全部イメージで、誰かが作ってきた物語であって。それをいいと思って乗っかるのは自由だけど、そうじゃないこともあると忘れないでいることがすごく大事だと、私は自分の経験を通しても思います。

これって、出産・育児に限ったことではなくて、働いている自分、夫婦間における妻とかいろんなことに応用できる。「自分はこうありたい」「こうでなきゃ」って思い込んでいるけれど、それってどこから輸入したんだっけ? と立ち止まって考えてみることは大事ですよね。なりたい自分像に、実は根拠がないことは多いと思うんです。「〇〇しなければいけない」としんどくなったときに、1回自分にツッコミを入れる癖をつけるとちょっと楽になるかもしれません。

私はおむつ替えのときの「ありがとう」「ごめんね」に対して、あべちゃんはそう思わないと聞いてから、言わないと決めたんです。あべちゃんの意見が正しいと思ったのね。だって、二人の赤ちゃんだし、母親のイメージを刷り込まれていただけだったから。そうしたらすごく楽になった。言葉の力ってある。母親だからやらなきゃというプレッシャーと自主規制を、一個一個減らしていってからすごく余裕ができました。

――最後に、女性の人生の選択肢が増えたなかで今の人生を選ばれた川上さんから、会場にいる女性たちへメッセージをお願いします。

人生の選択肢が多いのは絶対にいいこと。だから、フェミニズムの本でもいいしブログでもなんでもいいんだけど、いろんな立場の女の人や、女性の問題を自分自身や社会の問題として受け止めている男性の書いたものを読むことをおすすめします。自分にはこの生き方しかない、これしかないんだというのは、思い込みである場合も多いです。いろんな考えに触れることによって、自分を相対化できるし角度をつけることができる。

あんな考え方もできる、こうも考えられると、新しいものの見方を知ったときの感激ってあるじゃないですか。バラエティーをとにかく増やしてほしい。増やしたうえで、選ぶか選ばないかはその次でいいと思います。「可能性を広げよう」というポジティブな方向でなくても、苦しさ、寂しさ、生きにくさってものを解消していくためにも有効。実際、私がそうでした。選択肢を増やして、なんとかがんばりましょう。

(ライター・構成 平山ゆりの)

[日経DUAL2014年10月31日付けの掲載記事を基に再構成]

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