15万冊に囲まれてゴロゴロ…書店で一夜物語
ジュンク堂に住んでみたい――。ツイッターでの顧客のそんなつぶやきが現実になった。1日夕方から2日朝にかけて、ジュンク堂書店プレスセンター店(東京・千代田)に読書好きの6人が宿泊した。参加条件は、ジュンク堂から"転出"する際に1冊以上書籍を購入すること。滞在中、本を読むのはもちろん、食事や睡眠も可能だ。参加した会社員コンビ、兵庫県の河野千晶さん(25)と山口県の小島知子さん(25)の本に囲まれた15時間を追った。
「ジュンク堂に住んでみる」モニターツアーには、2800組5600人の応募があり抽選となった。同店店長で丸善&ジュンク堂ネットストア運営のHONの工藤淳也社長は「雑誌や本がスマホに負けてしまうのがもどかしい。棚をぼーっと眺めていると考えが浮かんだり、本屋という空間の楽しみ方をもう一度見直してもらいたい」と、顧客のつぶやきに応え開催した。
11月1日午後5時
お泊まりスタート。同店は約400平方メートルとジュンク堂にしては小型だが、取り扱う本の数は15万冊。これがほぼすべて読み放題になる。
大学の友人の河野さんと小島さんは、当時から本を紹介し合う読書好きで、ネットで企画を知り応募した。月に10冊読むという河野さんが好きなのは小説で、辻村深月さんを愛読する。一方の小島さんは小説やビジネス書を中心に月に3~4冊読む。江國香織さんが好きな作家だ。
「夜の本屋はめったに入れない。寝転んで本が読めるのもいいなと思った」(河野さん)。「いつも本屋では時間や人を気にしてしまうけれどじっくり読めそう」(小島さん)と参加を決めた。
午後6時すぎ
支給されたキングジムの「着る布団&エアーマット」を準備。着たまま動ける寝袋風の布団と下に敷くマットで、ポンプを使ってマットに空気を入れるが「ふー、結構ハード」。息を切らす。
完成したマットを折って本棚にたてかけると椅子のようになり、好きな場所で床に座って読書ができる。持参のスリッパや膝掛けも活用し、くつろいで読書できる環境が整った。いざ読書。
午後8時
「いつも読まないような哲学の本を読んでいた」。そんな話をしながら出かけたのはコンビニだ。「せっかくだから普段やったら怒られることをやろう」(河野さん)と、夕食は店内に持ち込んで食べることにした。
おにぎりなどを購入した足で次に向かったのは同店から歩いて15分の東京・銀座の銭湯「金春湯」。高級クラブの集まるエリアの雰囲気に「すごい、東京っぽい……」と少々不安がよぎる。
が、「きれいで気持ちよかった。おばあちゃんの番頭さんで雰囲気のあるお風呂屋さんでした」
午後10時
寝転がったり、寄りかかったり、寝間着に着替えてリラックスしたムードで読書。参加者から薦められた本などを次々手に取り小島さんは「時間がたつのが早すぎる」。
午後10時50分
試しに寝心地をチェックする。意外に快適。土曜の夜の霞が関。会話をやめると、とたんに静寂に包まれる。再び読書。
2日午前1時ころ
就寝。
午前5時
起床。「しっかりではないけれど、寝られました」と元気な2人。何より「本に囲まれて寝られるなんてぜいたくだった」(小島さん)。起きるやいなやまた読書だ。
午前7時
ここまでに手に取った本は30冊以上に及ぶ。そのうちしっかりと読み始めたのは3~4冊で、その中から購入する本を選んだ。河野さんは最近興味の出てきた美術系の「フェルメール 光の王国」(福岡伸一著)、小島さんはビジネス書「大人の女はどう働くか?」(ロイス・P・フランケル著)など。「結局買うのはいつもと変わらないかも」と苦笑いする。
ただ、「普段本屋さんは声を出しにくいので、店で本の話をすることはない。多くの本を目の前に、友達や参加者、店長さんと話ができて、チャレンジしたい本が出てきた」と小島さん。河野さんも「寝転がって読んでいたので、棚の1番下の段の本が気になって気になって。般若心経の本まで見てしまった」とうれしそうに話す。
企画自体は自由に本を読んで過ごすだけ。穏やかに時間が流れていったが、心の中ではそれぞれの発見や興奮があったようだ。最後に、工藤店長から同店の住民となった証しとして、住所や転入日などの書かれた「住民票」が贈呈された。
3連休を利用して都内を訪れていた2人。残りの滞在で行きたいところを聞いたところ「代官山の蔦屋書店」と返ってきた。さすが。書店の住人はすごい。(井土聡子)
[日経MJ2014年11月5日掲載]
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