手術は科学ではない…ソダーバーグ監督の医療ドラマ
海外ドラマはやめられない!~今 祥枝
映画界で活躍するオスカー俳優、オスカー監督たちが、こぞってテレビシリーズに本格的に参戦することが、もはやスタンダードと言える時代に突入したようです。なかでも注目を集めていたのが、『オーシャンズ』シリーズを手がけ、『トラフィック』ではアカデミー賞監督賞を受賞したスティーヴン・ソダーバーグ。2013年にテレビムービー『恋するリベラーチェ』を発表した後、映画監督からは引退し、今後はテレビへ活動の中心を移すと宣言しました。
同性愛者であることを世間に隠していた実在のピアニストを描いた『恋するリベラーチェ』は、そもそも映画として企画されていましたが、ハリウッドのスタジオ側は「あまりにも同性愛的」として資金の調達は困難を極めました。そこに名乗りを上げたのが有料チャンネルのケーブル局HBO(Home Box Office)です。同局での初放映を条件に、ソダーバーグにGOサインを出しました。結果、『恋するリベラーチェ』はその年のエミー賞を総なめにし、また日本を含め海外では劇場公開された国もありました。作品の完成度は映画に匹敵するもので、この企画を見送った映画会社は見る目がないとしか言えません。
全10話を1人で手がける
業界内外が注視する中、2014年8月よりHBOの姉妹チャンネルCinemaxにてソダーバーグが手がける『The Knick』の放送がスタートしました。
舞台は、1900年のニューヨーク。ある病院で働く外科医ジョン・W・ザッカリーを中心に、スタッフや医師たちの仕事ぶりと人間模様が描かれます。医療技術の進歩の過程や、当時の社会問題が盛り込まれた作風は、社会派を得意とするソダーバーグらしく、風刺描写も見応えがあります。一方で、当時の外科手術のシーンはかなりグロテスクで、ほとんどホラーかと思うほど。キャッチコピーが「Surgery wasn't always science」(手術は常に科学ではなかった)というのも、なるほどなあという感じです。
シーズン1は全10話で、ソダーバーグは製作総指揮のほか全話を監督し、撮影、編集も1人で手がけています。基本的に分業作業であるテレビシリーズにおいて、非常に珍しいケースです。近年はAMCやネットフリックスなどが質の高いシリーズを次々と生み出していますが、最近では、HBOの『TRUE DETECTIVE/二人の刑事』が全8話を1人の監督と1人の脚本家が手がけて高く評価されました。HBO系列は従来の映画的な作り方や作風を徹底させると同時に、進化させることで他局との差別化を図り、ブランド力の強化を狙っているのでしょうか。米国テレビドラマのクオリティーは日進月歩です。
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●今月のオススメドラマ
『HANNIBAL/ハンニバル』
殺人鬼ハンニバル・レクターの若き日々を描く
『羊たちの沈黙』ほか映画化作品でも有名な、トマス・ハリスのベストセラー小説「ハンニバル・レクター」シリーズ。その世界観をベースに、オリジナルストーリーとしてドラマ化したサイコ・スリラーだ。まだ殺人鬼であることが露見していない優秀な精神分析医レクター博士と、犯罪プロファイラーのウィル・グレアム捜査官との関係を軸に描く。
時代設定は現代だが、物語としてはレクターの幼少~青年時代を描いた『ハンニバル・ライジング』と、ウィルに逮捕されたレクターが獄中から別の殺人鬼を操る『レッド・ドラゴン』の間に位置する。鋭い分析力を買われてFBIの捜査に協力し、同時に精神不安定なウィルの精神鑑定を依頼されるレクター。裏では狡猾(こうかつ)で残忍な殺人ゲームを楽しみながら、表向きは善人を装いウィルやFBIのクロフォードの心に深く入り込んでいく。次々と起きる猟奇殺人事件と共に、彼らの一触即発の関係性が番組の肝となっている。
完璧主義のレクターをエレガントかつ不気味に演じるのは、『偽りなき者』のデンマーク人俳優マッツ・ミケルセン。ウィル役にイギリス人俳優ヒュー・ダンシー、クロフォード役にローレンス・フィッシュバーンと、演技派が共演する。
映画&海外ドラマライター。女性誌、情報誌、ウェブ等に映画評やインタビュー等を寄稿。「BAILA バイラ」「eclat エクラ」「日経エンタテインメント!」映画サイト「シネマトゥデイ」などに連載中。著書に『海外ドラマ10年史』(日経BP社)。
[日経エンタテインメント! 2014年11月号の記事を基に再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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