エベレスト史上最悪の雪崩事故を察知したシェルパ

2014/11/2
ナショナルジオグラフィック日本版

2014年4月18日、山で働くネパール人16人の生命を奪ったエベレスト登山史上最大の雪崩事故。現場でその前兆を察知し、生き残ったシェルパがいた――。

日に焼けた頬に黒髪のニマ・チリンは、29歳のシェルパだ。午前3時、中国の登山隊に雇われた彼は、重さ30キロ近い調理用ガスボンベを背負って、標高5270メートルのエベレスト・ベースキャンプを出発した。

このときベースキャンプには国籍もさまざまな約40の登山隊が待機していた。隊員たちがまだテントで眠るなか、暗闇を登っていくのはシェルパをはじめとするポーターたち、総勢200人以上のヘッドランプだ。

はしご待ちで渋滞したシェルパたち

シェルパは重い荷を背負っていても、第1キャンプまでの3キロ余りを3時間半かそこらで登る。ただし、その間に横たわるクーンブ・アイスフォールは難所中の難所として知られる。

午前6時頃、ニマ・チリンはこのアイスフォールの中にいた。開けた緩斜面を過ぎ、高さ12メートルほどの氷の崖の下に着いた。崖にはアルミ製のはしごを縦に3本つないだ三連はしごがかかっているが、重い荷を背負い、アイゼンをつけたまま登った。

だが、厄介な三連はしごをようやく登りきった彼は、目の前の光景にげんなりした。シェルパが何十人も、氷棚の上で渋滞していたのだ。その先の氷の割れ目にかかった二連はしごをわたるのに、行列ができている。

その朝、氷が動いて、はしごを支えていたアンカーが外れたため、人の流れが滞ってしまったのだ。その後はしごは固定し直されたが、ニマ・チリンがやって来たときには再びアンカーが外れていた。

「耳が泣いている」

このとき、ニマ・チリンの「耳が泣いた」。

ネパールでは危険が迫った際に、甲高い音が聞こえることがあるという。「耳泣き(カン・ルヌ)」と呼ばれる耳鳴り現象だ。この音が聞こえたら、ただ事ではないことは、エベレストでの過去の経験から心得ていた。

でも、どうする…。

ベースキャンプに無線で連絡をし、応答した料理人に告げた。耳が泣いているから、荷物をロープにくくりつけて自分は下山する、と。周囲にいたほかのシェルパたちから、どうしたのかと聞かれ、こう答えた。

「耳が泣いてるんだ。何か悪いことが起きてるようだから、自分は山を下りる。きみらも下山したほうがいい」。午前6時15分頃のことだったと記憶している。

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