2014/10/25

日本の歩き方

博多町家ふるさと館(同)学芸員の山田広明さん(60)は、「戦前の博多のうどん屋は頓服薬を常備し、市民は体調の悪い時に訪れたと聞いた」と証言する。うどんがヘルシーと認識され、店側も健康を売りにした構図も浮かぶ。そして「ごぼうも滋養強壮にいいということで受け入れられたとも考えられる」(山田さん)。みやけうどんの三宅さんも「ごぼ天が広がったのも健康志向が理由では」と推測する。

一方、福岡市出身の食文化研究家、中山美鈴さん(55)は博多うどんのサイドメニューで一般的な鶏肉やごぼうの炊き込みご飯「かしわ飯」に着目する。「食材を生かすため、ごぼうがトッピングとしても使われた」。ごぼ天が受け入れられた理由を「博多は全国でも際立ったかしわ文化。博多っ子はかしわと相性のいいごぼうになじみ、おいしさを知っているため」と分析する。

「大地のうどん」のごぼう天うどん、480円(福岡市博多区の博多駅ちかてん)

そもそも、うどんは博多が発祥とされる。福岡市博多区の承天寺には「饂飩蕎麦(うどんそば)発祥之地」と刻まれた石碑がある。1242年に開山した聖一国師が、修行先の中国・宋から麺や粉ひきの技術を伝えたのが始まりとの説だ。その後、博多では手軽なファストフードとして受け入れられ「うどん文化」が培われたという。

うどんミュージアム(京都市)代表理事、高屋友明さん(43)は「讃岐うどんは麺にこだわり、関西はだしが進化した。博多ではせっかちな気質から麺にこだわらず、すぐに提供できる具材に力が入れられた」と話す。

ごぼ天については、その卸業者が徐々に廃業したため、各店が独自の商品を競って開発した経緯もあるようだ。かろのうろんも30~40年前に自家製に切り替え、だしと麺とのバランスに心を砕いたという。店主の瓜生喜政さん(43)は「各店で試行錯誤していくうちに進化し、広がった」。

進化形の一つ、05年創業の「大地のうどん」(福岡市西区)のごぼ天は、円形で丼を覆い隠す直径約25センチの大きさが特徴。注文の約7割を占めている。

うどん文化圏の福岡でごぼ天はかしわ文化と相まって生まれ、その後の店舗間の集客競争が普及を後押ししたようだ。

一方、うどんの具材として博多で人気の丸天。由来について、うどん屋にも卸している西門蒲鉾(博多区)代表の上田啓蔵さん(66)に聞くと、「博多は海に近く、魚の天ぷらを具材にしたのは自然な流れ」と指摘する。「魚のたんぱく質とうどんの炭水化物、野菜のネギを載せれば栄養バランスもいい。博多の伝統の形だ」と強調、こちらも負けてはいない。

(西部支社 小沢一郎)

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