コオロギは昔キリギリスだった? 虫の呼び名の謎

虫の鳴き声が涼しげに聞こえる季節がやってきた。秋に鳴く虫といえば、黒褐色の小さな「コオロギ」を思い浮かべる人も多いだろう。ところがこの虫、昔は別の名前で呼ばれていたらしい。「キリギリス」だ。キリギリスといえば緑色のバッタのような虫のはず。コオロギとは似ても似つかぬ姿形だ。コオロギがキリギリスだったのなら、キリギリスはいったい何だったのか――。虫の呼び名を巡る不思議な世界を探ってみた。

キリギリスはハタオリ

日本最大の国語辞典「日本国語大辞典第2版」(小学館)でコオロギを引いてみると、意外な記述が目を引く。

辞書では「古く、秋鳴く虫の総称」などと紹介されるコオロギ

「(1)古く、秋鳴く虫の総称。(2)バッタ(直翅)目コオロギ科に属する昆虫の総称。〈中略〉古くは『きりぎりす』といった」。さらにキリギリスの項目にはこう書いてある。「(1)昆虫『こおろぎ(蟋蟀)』の古名」。こんな虫の名前も見つかった。「はたおり【機織】=(2)昆虫『きりぎりす(螽斯)』の古名」

つまり、古くはコオロギのことをキリギリスと呼び、キリギリスのことをハタオリと呼んでいたというのだ。

古くは……、とはいつのことなのか。様々な文献などを調べていくと、平安時代にその例が見つかった。

10世紀に成立した古今和歌集にこんな歌がある。「秋風に綻びぬらし藤袴(ふじばかま)つづりさせてふきりぎりす鳴く」

「つづりさせ(つづれよ、刺せよ)」とキリギリスが鳴いていると詠んでいるが、「つづりさせ」は、実はコオロギの鳴き声を指す。江戸時代の俳文集「山の井」に「つゞりさせとなくこほろぎの音にわび」と書かれていたり、ツヅレサセコオロギというコオロギの種類があることがその証拠だ。

しかし、その後の鎌倉時代から室町時代にかけてはコオロギを何と呼んでいたか、文献が見当たらなくなる。ようやく江戸時代になってコオロギのことを「コホロギ」と表記している例が見える。

呼び名と鳴き声との奇妙な関係

キリギリスは古くは「ハタオリ」と呼ばれた(写真はヒガシキリギリス)=足立区生物園提供

「キリギリス→コオロギ」という呼び名の変化は、どうやら鎌倉時代から室町時代にかけて起きたようだ。

でも、どうして呼び名が変わったのか。取材を進めてみたものの、そのあたりの事情が分かるような資料は少なく、はっきりしたことはどうも分からない。しかし、あることにふと気がついた。呼び名と鳴き声との奇妙な関係だ。

鈴虫、クツワムシ、スイッチョ(馬追虫の別名)――。名前が鳴き声と関係している虫は意外に多い。鈴虫はリンリンと鈴のような声で鳴くし、クツワムシは馬の口にはませる道具「くつわ」がガチャガチャ鳴る音と鳴き声が似ていることからついた名前。スイッチョはその名のとおりスイッチョと鳴くことから命名されたという。