ハッピー中年になるため、30代でやっておくべきこと
心の危機を乗り切る自分を若いうちに作っておく
「まずは、30代後半あたりから、自分らしさや価値観が揺らぐ『ミッドライフクライシス』という心の危機が訪れる可能性があると知っておくこと。その年代から見える世界が変わってくるとわかっていれば、必然的に『自分は今、何をしておくべきか』が見えるはず。何をしておくべきかは、人によってそれぞれ異なります。だからこそ、自分自身で考えなければいけないのです」
ただし、自分らしさとは何かを自分に問いかけ、組み替え・立て直しをするには、「健康的な自我」と「柔軟性」が欠かせないそう。
「自我とは、自分の心を支えている元締めのようなもの。自分を認識するのも、行動を統制するのも、周囲の人とうまくつきあっていくのも、自我の働きです。自我が弱いと我慢ができませんから、食べたい時にところかまわず食べたりしてしまいます。また、超自我(親によって育てられた良心・道徳律)が強すぎる人もいます。この場合、1分でも遅れたら取り返しのつかない失敗をしたように感じるなど、自分に厳しくなりがち。健康的な自我の強さとは、自分をきちんと統制しながら他の人とうまく付き合い、自分を押し殺さずに主張できる状態を言います」
では、「健康的な自我」を育てるには、どうすればいいのでしょうか。
「アメリカの臨床心理学者、エリク・H・エリクソンは、健康的な自我が育つためには、基本的な信頼感が必要だと言っています。この信頼感とは、自分への信頼感と、他人への信頼感です。この2つの信頼感は、赤ちゃんの時に母親との間で育まれると言われています。次に必要なのは、『自我の自律性』で、衝動をコントロールする力です。それから、『自主性』も大切です。他人に言われっ放しではなく、自分の言いたいことをきちんと表現する力です。3~4歳になると反抗期を迎えますが、わがままを通すだけでなく、周囲とうまく折り合いながら、自分の言いたいことを伝えられるようになります。そして、学童期になると、勉強やスポーツを通して、『自分はきちんと何かに打ち込める』という有能感が育ちます。これらが土台となって、青年期に『自分はこういう人間である』というアイデンティティが確立されるのです」
ミッドライフクライシスを乗り切るには、自分と他人への信頼感、感情をコントロールする力、そして自主性を身につけておくことが大切なようです。
「ミッドライフクライシスに限らず、心の危機に直面した時は、それらの力が自分を支えてくれます。ミッドライフクライシスになった場合は特に、精神的にも肉体的にも、時間的な展望までも揺らぐため、自我の強さが問われるのです」
ミッドライフクライシスは親子関係の問題を解消するラストチャンス
ミッドライフクライシスを迎える前には、もう一つやっておくべきことがある、と話す岡本さん。
「自分と親との関係でやり残している課題があるなら、早めに解消しておくといいでしょう。例えば、進学も就職も親の言う通りにしてきた人が、自分の意志で何も選んでこなかったことに気付き、親の呪縛から逃れようとする、といったケースは多いですね。20~30代であれば、親もまだ若いですから、親と物理的にも心理的にも距離を取ることができます。しかし、自分がミッドライフクライシスを迎える頃に親の呪縛から逃れようとしても、親も年を取っていますから、『私は自立します。はいさようなら』というわけにはいきません」
最近メディアなどで取り上げられる機会が増えた、親離れ・子離れできない母と娘の問題も、ミッドライフクライシスには少なからず関係しているようです。
「男の子の場合、3歳頃には母親との肉体的な違いに気付き、母親から分離せざるを得なくなります。しかし、女性は母親と同じという意識が強いため、なかなか母親から自分を切り離しにくいと言われています。だからこそ、中年期まで親に絡めとられてきた娘が親の面倒を見なければいけない状況で、相手と距離を取るのは非常に難しいのです。また、この時期は、自分の子どもとの親子関係にも問題が生じやすい時期。個人の問題と子どもとの問題、さらに親との問題が重なりやすいのがミッドライフクライシスの難しさでもあります」
では、親の面倒を見なければならない時期に親の呪縛に気付いた場合は、どうすればいいのでしょうか。
「臨床心理士などのカウンセリングを受けてみましょう。親の面倒を見ながら心理的な距離をどう取るかを模索し、自分をしっかり生きる道を見つけるのです。親が生きているうちに自立できればいいのですが、親が亡くなってから親の呪縛に気付いた場合はもっと大変です。その点で言えば、ミッドライフクライシスは最後のチャンスとも言えるでしょう」
だからこそ大切なのは、若いうちから自分の心の中を直視し、掘り下げることだそう。
「若いうちは、『30歳までに結婚して出産し、老後は夫婦仲良く水入らず』という程度にしか将来のビジョンを描けない人も多いでしょう。しかし、人生とは30~50代の過ごし方によって充実するもの。若いうちから本当の自分に関心を持ち、『自分らしさ』をつかむことが大切です。最近の若い人は、ネットなどから情報を取るのがうまく、その場その場で相手に合わせるのが上手。話していて気持ちのいい人が多いのですが、一方で自分を掘り下げて考えるのが苦手なようです。エスカレーターのようにすいすいと上がっていけるような人生などあり得ません。生きていく上で、心が揺れるのは当然のこと。若いうちから、『自分らしさとは何か』をしっかり掘り下げておきましょう」
広島大学大学院教育学研究科心理学講座教授。教育学博士、臨床心理士。青年期より中年期の発達と危機を中心とした、成人期のアイデンティティの発達臨床的研究に携わる。並行して臨床心理士として、子どもから高齢者までのカウンセリング・心理療法を実践。2012年8月、これまでのアイデンティティ研究・ライフサイクル研究の成果が国際的に認められ、アメリカ合衆国Austen Riggs Centerより、Erikson Scholarの称号を授与された。
(ライター 吉田渓)
[nikkei WOMAN Online 2014年7月7日付記事を基に再構成]
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