リンゴが教えた口の健康 「デンターライオン」50年

最初の東京五輪が開催された1964年は今の日本の原型を形作る交通インフラや新サービス、新商品が産声を上げました。東海道新幹線が開業、首都高速道路の整備が進んだのもこの年です。コラム「1964年~ ニッポンの大いなる助走」は50年前のあのころをスタートラインとして次の50年、日本が駆けていく先を読み解きます。

高齢化社会を迎えた日本人にとって、80歳で自分の歯を20歯以上保ち、健やかで楽しい生活を過ごそうという「8020(ハチマル・ニイマル)運動」に代表される「口の中の健康」が生活の質向上に大きな意味をもつことは常識となった。とりわけ、成人が歯を失う最大の理由である歯周病への予防意識は、この50年間ですっかり浸透。きっかけを作ったのは、1964年に発売したあるハミガキだった。

3000万人が「歯槽のう漏」

「リンゴをかじると血が出ませんか?」。このコピーで知られるライオンのハミガキ「デンターライオン」が誕生したのは64年2月のこと。日本人の3人に1人、およそ3000万人が「歯槽のう漏」にかかっているとの当時の国の調査をきっかけに、市場に例のなかった「歯と歯グキのためのハミガキ」として新たに発売した。

商品の名は「デンティスト(歯科医師)とドクター(医師)から作った造語」という。ライオン快適生活研究所の江本恵津子副主任研究員は「発売当初のデンターライオンはまったく売れず、生活者にどう理解してもらえばいいか、相当悩んでいた」と語る。

当時の日本人にとって、歯に関する関心事は虫歯予防であり美白。「ホワイトライオン」(61年発売)や「タバコライオン」(62年発売)など、同社の売れ筋ハミガキもこの2点をアピールし「歯と歯グキの健康」ということにピンとくる人は少なかった。

味の違いや割高な価格設定も響いた。

デンターで採用したのはスペアミント味。当時の日本のハミガキではペパーミント味が一般的だったため、「少し辛めの鋭い味のハミガキ」と設定することで、通常のハミガキとは異なる製品との印象を強めようとしたがこれが裏目に。価格も120円と、100円程度だった一般のハミガキよりも高かったことも敬遠された。

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