こまつ座「きらめく星座」時を経て価値を増す井上ひさしの反戦劇

演劇記者を30年前からやっている、すれからしのシアターゴーアーにとって最高の観劇体験のひとつがこの舞台の初演だった。忘れもしない1985年9月。紀伊国屋ホールを後にし、劇中で歌われた「青空」や「一杯のコーヒーから」を先輩記者と口ずさみながら、夜の新宿をそぞろ歩きしたものだ。

そのとき井上ひさし、50歳。脂が乗っていたなあと思い返される。ところは東京一の繁華街だった浅草のレコード店オデオン堂、時は1940年秋から翌年冬まで。作者の育った山形県川西町の薬屋はレコードも商っていたというから、実体験のこもる思い入れひとしおの作品でもあった。好子夫人に尻たたかれ、遅筆も何のその、自ら演出までしていた。「闇に咲く花」「雪やこんこん」と連作をなす昭和庶民伝3部作の第1作でもある。

洋楽を好み、バタ臭い歌を合唱して暮らすのんきな家にしのび寄る戦争のかげ。純真な娘が白衣の勇士(傷病軍人)と献身的な結婚をすることで「非国民の家」転じて「美談の家」となるオデオン堂だが、息子は脱走兵であり、がちがちの軍国主義者たる白衣の勇士も戦争の道義を疑うようになる。店は整理の対象となって、長崎へ満州(中国東北部)へとちりぢりに。

ピアノ伴奏に誘われ、歌の力が生きる糧となり、独唱から合唱、群唱へ発展し、ドラマを躍動させる面白さ。歌うことは生きること。身体に発する心地よさが理屈を超え、軍国主義、精神主義を批評する。貴重品になっていたコーヒーの香りをかぎ、うっとりとして「一杯のコーヒーから 小鳥さへづる 春もくる……」と歌詞が出てくる瞬間は何度見てもいい。

それにしても、軍歌に駆逐される前の歌謡曲のすばらしさよ。腹ぺこであっても歌で気持ちが晴れたという話を実録の歌が証明する。時代の歌は掛け値なしのノンフィクションなのだから。歌の楽しさが弾圧の恐怖に反転する「きらめく星座」は、ドイツの劇作家ブレヒトの仕事にも匹敵する、日本語音楽劇の記念碑的作品といえるのだ。

初演時はちょうど戦後40年だった。壮年で敗戦を迎えた人の多くが存命で、懐かしの昭和歌謡を同時代に聴いた人が観客の多数を占めていた。出演した犬塚弘、名古屋章、すまけい、皆戦争を知っていた。オデオン堂で繰り広げられる日米開戦前夜の日々も、今よりはるかにリアルな手触りだった。それから29年、来年は戦後70年である。過去をなぞるように見ていた同じ作品が、今は未来への警鐘の劇だと感じられる。戦争をめぐる政治の言葉の軽さ、ネットに満ちる他国人への偏見が気になる昨今だけに……。