バリバリ働く女性、結婚に期待しすぎないのが吉
女性も両方持っている男性性と女性性
「価値観が揺らいだ時、人はそれまでの人生を振り返り、『自分らしさ』を問い直すことになります。その過程で自分らしさを組み替えるという、『アイデンティティの再体制化』ができると、心の危機は収まるのです」
「自分らしさ」をうまく組み替え・立て直すことができた人はさまざまな変容を見せる、と岡本さんは言います。自分にとって一番大切なことは何かがわかったり、今の自分にとっての「私らしさ」を見つけたり。また、社会とつながる活動をしたり、自分の人生や打ち込んでいるものに意味を見いだすことができるそう。
つまり、ミッドライフクライシスにしっかり向き合うことは、バージョンアップした自分になることなのです。それと同時に、自分らしさを組み変え・立て直すことで、その後の人生を主体的に選ぶことにもなります。
それまでの「自分らしさ」から、新たな「自分らしさ」を組み替え・立て直す時のポイントの一つが、「男性性と女性性」だと言います。
「心理学者のダニエル・レビンソンは、著書『ライフサイクルの心理学』で、ミッドライフクライシスは男性性と女性性の均衡が入れ替わるタイミングだと言っています。ここで言う男性性はリーダーシップを発揮して組織を率いたりする特質を、女性性は子どもを育てるといった特質を指します。心理学では、男性だから100%男性的、女性だから100%女性的とはとらえません。男性の中にも女性性があり、女性の中にも男性性があります。昔ほどではないにしろ、人生の前半では男性はバリバリ仕事をするといった男性性を、女性は子どもを産み育てると言った女性性を求められる傾向にあります。しかし、男性も中年に差し掛かると、自分が全面に出て活躍するより、部下を育てるという欲求が出てきやすくなったりします。また、子育て中心の生活をしていた女性も、中年にさしかかると、社会の中で自分らしさを発揮したいという欲求が出てくるというわけです」
バリバリ働いている人ほど結婚に期待しすぎる
レビンソンの時代に比べて女性の社会進出が進んだ今は、女性でも人生の前半にバリバリ仕事をして、男性性を発揮する人が増えています。独身女性や子どものいない女性の場合、中年期に部下を育てたり、自分のスキルを社会に還元するといった形で女性性を発揮することがあります。また、専業主婦の方が中年期に仕事につくことで男性性を発揮することもあります。
このように、それまであまり使ってこなかった男性性や女性性を発揮することは、ミッドライフクライシスを抜け出すきっかけになるのでしょうか。
「それはあるでしょうね。自分の新たな側面を発見することは、その人にとっての発達です。ただし、こうしたシフトは上手にやらなければいけません。例えば、ずっと専業主婦だった人が突然『明日から働きたい』と思っても、なかなか難しいでしょう。家族の理解を得たり、自分に合った仕事を見つけるなど、地ならしが必要ですよね」
バリバリ働いていた女性が、30代後半になって婚活に積極的に取り組んだり、子どもを持つことに積極的になることも、珍しくありません。それもまた、自分の中の「女性性」へのシフトと言えるでしょう。
「男性的に生きてきた人が自分の中の女性性に気付いたり、女性的に生きてきた人が自分の中の男性性に気付く。それまで影になっていた部分に気付き、肯定的に受け止めることはいいことです。若いうちは、影になっている部分に気付いていても、人生は長いと思って棚上げにしがち。ですが、30代後半になると、人生の残り時間を意識し始め、『もう後回しにはできない』という切迫感から、取り組まざるを得なくなるのです」
ただし、バリバリ働いている女性が結婚という方向へシフトチェンジを望む時、気をつけた方がいいことがあるそうです。
「結婚に期待しすぎない、ということです。キャリアを重視してきた女性は特に、結婚に過剰な期待をしすぎる傾向にあります。経済的に自立している女性が『やっぱり家庭が欲しい』と感じるのは自然なこと。しかし、『家庭と子どもという最後の駒を手に入れれば、自分の人生はパーフェクトになる』と考えてしまうと、結婚生活や結婚相手に過剰な期待をしがち。信頼し合った夫婦関係は人生の土台になりますが、結婚や結婚相手がすべてを受け入れてくれる受け皿になるとは限りません。『結婚さえすれば、どんな心の揺らぎも解決する』とは思わない方がいいでしょうね」
自分の中にある、男性性と女性性。この言葉に何か感じるものがあるとしたら、少し立ち止まって「私はこの先、どんな自分で、どう生きていきたいのか」を考えてみるのもいいかもしれません。そして、本当に自分が望む道へ進むためには、一歩ずつ進んで行く地道さが必要なのでしょう。
広島大学大学院教育学研究科心理学講座教授。教育学博士、臨床心理士。青年期より中年期の発達と危機を中心とした、成人期のアイデンティティの発達臨床的研究に携わる。並行して臨床心理士として、子どもから高齢者までのカウンセリング・心理療法を実践。2012年8月、これまでのアイデンティティ研究・ライフサイクル研究の成果が国際的に認められ、アメリカ合衆国Austen Riggs Centerより、Erikson Scholarの称号を授与された。
(ライター 吉田渓)
[nikkei WOMAN Online 2014年6月30日付記事を基に再構成]
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