フルシャ指揮の都響定期演奏会作曲家マルティヌーを再発見、現代的洗練と民族性響かせる

東京都交響楽団の首席客演指揮者ヤクブ・フルシャ(33)は祖国チェコ出身の作曲家ボフスラフ・マルティヌー(1890~1959年)に傾倒している。国際マルティヌー協会会長としてこの作曲家の紹介に精を出す。その作品は現代的洗練と民族色を併せ持ち、独特の魅力を放つ。9月8日、フルシャ指揮の都響定期演奏会で「交響曲第4番」と「カンタータ《花束》」を聴いた。

東京都交響楽団を指揮する首席客演指揮者のヤクブ・フルシャ。国際マルティヌー協会会長も務める(9月8日、サントリーホール)=写真 堀田 力丸

連作交響詩「わが祖国」のスメタナ、交響曲第9番「新世界より」のドボルザーク、村上春樹の長編小説「1Q84」にも登場した「シンフォニエッタ」のヤナーチェク。チェコは大作曲家の宝庫だ。もっとも、彼らが生まれた当時はまだチェコという国はなく、オーストリア帝国のボヘミアやモラビア地方だった。その中でマルティヌーの知名度は高くない。「世界に広めなければいけない作曲家だ」とフルシャは言う。

この日は「交響曲第4番」から始まった。マルティヌーの作品は約400あるが、交響曲は第1~6番の全6作品にすぎない。その全交響曲を渡米後のニューヨーク近郊で書いた。チェコへの望郷の念を込めて作曲した「20世紀の新世界より」ともいえる交響曲群だ。マルティヌーは生涯の半分以上をチェコ国外で暮らした。それがチェコでも再評価が遅れた一因であろう。彼のボヘミアン的な生涯を知っているかどうかで作品への聴き手の感度も大きく変わると思われる。

マルティヌーはボヘミアとモラビア地方の境界に位置する人口1万人足らずの町、ポリチカに生まれた。父が靴屋と火の見番を営んだため、“火の見やぐら”である町の聖ヤコブ教会の鐘楼塔の上で育った。彼の生涯については日本のチェコ音楽研究の第一人者でチェコ語の翻訳家でもある耳鼻咽喉科医の関根日出男氏が詳しい。関根氏によると「彼が11歳になってようやく一家は地上の家に転居した」という。

マルティヌーのカンタータ「花束」を演奏するヤクブ・フルシャ指揮の東京都交響楽団、ソプラノのシュレイモバー金城由起子(左)、新国立劇場合唱団ほか(9月8日、サントリーホール)=写真 堀田 力丸

ひときわ高い塔の上から街並みを見下ろし、ボヘミアの台地のかなたまで遠望する。町のあちこちから発せられる様々な声や音楽も耳にしただろう。そんな特別の幼少体験が作品に反映しないはずはない。関根氏は「聖ヤコブ教会の鐘の音に関連した調性の作品が多い」とも指摘する。ジャズやタンゴ、日本の和歌までも取り入れた多様な作品群。米国からはるかチェコまでも遠望する郷愁の響き。世界中の様々な音楽素材を採集して巣作りをする鳥のような感覚は、鳥瞰(ちょうかん)の日常体験と関係がありそうだ。

プラハ音楽院から放校され、第1次大戦中は音楽教師として過ごす。1918年、ついにチェコスロバキア共和国が成立する。しかしそこからが彼の渡り鳥人生の始まりだ。23年、32歳にしてパリへ旅立つ。彼はマーラーやリヒャルト・シュトラウスのようなドイツ・オーストリアのロマン派ではなく「フランス音楽に傾倒していた」とフルシャは言う。

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