「オザワ」と「サブちゃん」の巨大な座長芸王位継承には不安も

「オザワの『幻想』」が帰ってきた! 作家の出世作と同じく、音楽家にも「出世曲」があるとしたら、指揮者の小澤征爾にとって、フランスの作曲家エクトル・ベルリオーズ(1803~69年)のこれまた出世作の「幻想交響曲」作品14(1830年)が間違いなく、それに当たる。今年8月10日から9月6日までの日程で催されたサイトウ・キネン・フェスティバル松本2014(第23回)で小澤は8月29、31日と9月2日の3回、演奏時間1時間に近い「幻想交響曲」を熱狂的に振りおおせ、長かった闘病からの復活を強く印象づけた。

過去4度、「幻想交響曲」をディスクに

小澤はおびただしい実演に加えて過去4度、「幻想交響曲」の録音を残している。最初の「マイ・オーケストラ」となったカナダのトロント交響楽団(ソニーRCA=1966年12月)と音楽監督を29年間務めた米ボストン交響楽団(ユニバーサルDG=1973年2月)、サイトウ・キネン・オーケストラとの第16回フェスティバルの実況(ユニバーサル・デッカ=2007年9月)、闘病のさなかにニューヨークのカーネギー・ホールをサイトウ・キネン・オーケストラとともに訪れて指揮した実況(同=10年12月)の4点である。

サイトウ・キネン・オーケストラとベルリオーズ「幻想交響曲」を演奏する小澤征爾(松本市のキッセイ文化ホールで。撮影、山田毅=写真提供、サイトウ・キネン・フェスティバル松本実行委員会)

トロントの粗削り、ボストンの清新、サイトウ・キネン・オーケストラの熱演から美演への成就、満身創痍(そうい)の死闘に等しいカーネギー……。45年に及ぶ演奏の変遷はそのまま、一人の指揮者の成長と円熟の軌跡に一致している。今年の松本でのコンサートも録音してあるので近い将来、小澤5番目のディスクとして発売される可能性が高い。

先まわりして「サイトウ・キネン・オーケストラの『幻想交響曲』演奏解釈」の視点から3種を比較してみると、成熟の07年や壮絶の10年に比べ、14年バージョンの完成度は決して高くない。第1楽章「夢~情熱」では異様なまでの緊張が支配し、第2楽章「舞踏会」のワルツの足取りに多少の影響を残した。第3楽章「野の風景」は淡泊に過ぎ、第4楽章「断頭台への行進」から第5楽章「魔女の夜会の夢」にかけてはぐいぐい、若者すらしのぐ勢いで押し切った。もちろん客席は最後の和音が消えた瞬間、総立ちとなった。

青年作曲家が女優への失恋を契機にアヘンをあおり、夢うつつの中で見た幻想を音符につづった交響曲は「音楽史上初のドラッグ体験」ともいわれ、若いエネルギーやグロテスクな光景、破天荒な作曲技法が隅々まで満ちあふれている。恋人の幻影は「固定楽想」と呼ばれる同じ旋律で手を変え品を変え、各楽章に現れる。小澤はトロント、ボストン、サイトウ・キネン07年の3盤を通じ、幻想世界の深淵を究めてきた。10年のカーネギーではそれが、過ぎ去った日々への強烈な回想に転じた。14年の松本では07年をしのぐ爆発の瞬間と、第1楽章再現部に現れた固定楽想をじっくり慈しむかのような感触に象徴される老指揮者の音楽とが混在し、実に複雑系の演奏に仕上がっていた。

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