2014/9/3

ことばオンライン

現代のポロ選手はポロシャツを着ている(左は日本ポロ連盟の岩崎純一理事長)=岩崎氏提供

もともとポロ選手が同様のシャツを着ていたという説も根強いが、ラコステの発言からこんな推理も成り立ちそうだ。現在普及しているポロシャツは、当初はテニスプレーヤーの支持を集めて広がった。しかし、やがてポロ選手もそれを着るようになると、テニスのお株を奪って「ポロシャツ」の名称で呼ばれるようになった――。

ポロシャツ=ボタンダウンシャツ?

だが、話はこれだけで終わらなかった。実は商品名としての“ポロシャツ”は、ラコステよりずっと以前からあったのだ。しかもそのシャツの形は、いわゆるボタンダウンシャツだった。

話を19世紀後半にさかのぼってみよう。「ポロ その歴史と精神」(森美香著、朝日新聞社)によると、ポロが発達した19世紀後半の英国では、ポロ選手が着る専用シャツはなく、テニスやクリケットのシャツを代用するなど様々だった。

そんななか、米著名ブランド「ブルックスブラザーズ」創業者の孫であるジョン・E・ブルックスが、1896年に英国でポロを観戦中、選手が襟先をボタンで留めたシャツを着ているのに注目した。襟が風にあおられ邪魔にならないように改良したシャツだ。ブルックスはこれをドレスシャツに応用し、1900年に「ポロカラーシャツ」として発売した。現在も同ブランドにおけるこのシャツの正式名称は「ボタンダウンシャツ」ではなく、「ポロカラーシャツ」だ。

ただ日本法人ブルックスブラザーズジャパン(東京・港)によると、ブルックスが参考にしたポロ用シャツの素材や当時の普及の程度は分からないそうだ。その後のポロ用シャツの淘汰で「ボタンダウン=ポロカラー」は知る人ぞ知るネーミングになってしまったのかもしれない。

マイナー競技名を日本に広めた立役者

それでは、現代のポロ選手が着ているシャツはいったい何なのか? 素材は化学繊維も増えているが、形は今日一般的な「ポロシャツ」だ。国際ポロ連盟に加盟する日本ポロ連盟理事長の岩崎純一さんによると「チームの区別がつく色にすることと、背番号を付けること以外、シャツに関する決まりはない。ただフォーマルに見える襟が付いていることがマナー」。実際、岩崎さんもポロシャツで試合に臨んでいる。

「ポロ その歴史と精神」によると、ポロの語源は一説に狩りの練習に使った球を意味するチベット語の「pulu」という。ポロは紀元前から存在し、アレキサンダー大王やチンギス・ハンも技を磨いたそうだが、19世紀にインドから英国に伝わり近代的なポロに発展した。現在は米国、英国、アルゼンチンなどで盛んだ。

ポロは日本ポロ連盟に登録する日本人で活動中の選手が実質7人ほどしかいないマイナー競技。にもかかわらず、競技の名前が日本でも比較的知られているのは「ポロ選手をマークにした米著名ブランド『ラルフローレン』が一役買った」(服飾評論家の池田哲也氏)ようだ。ポロシャツを通じて競技のポロを知ったという日本人は、案外多いのではないだろうか。(堀聡)

注目記事