ブリの旬は夏? 最新の養殖技術が変える魚の食べ時
夏にも適度な脂がのり、熟成した味わい
今夏の暑い日、都内のスーパーの鮮魚売り場に「黒瀬ぶり」と銘打たれたブリと天然ブリの切り身が同じ棚に並んだ。値段はどちらも1切れ200円程度でほぼ同じだが、よく見ると肉の色がかなり違う。
天然ブリの方が色が黒く、見た目の印象は黒瀬ぶりの方が良い。実際食べてみると、軟らかく脂が抜けた感じの天然物に対し、適度に脂がのり熟成した味わいがある。魚特有の生臭さも天然物に比べ少ない。
この黒瀬ぶりが「夏が旬」をうたう若い養殖ブリだ。一方の天然ブリは夏は旬ではないため、どうしても味が落ちてしまう。通常の養殖ブリも同様で、夏は寒い時期に比べると脂ののりが悪い。
黒瀬ぶりのふるさとは宮崎県串間市の志布志湾。宮崎空港から海沿いを車を走らせること約2時間、このブリを養殖している日本水産子会社の黒瀬水産という看板が見えてくる。黒瀬水産では1年間に139万尾以上を出荷しており、日本の養殖ブリの5%程度を生産している計算となる。
通常の養殖ブリは5~6月の産卵期、脂が落ちる
なぜ、通常のブリは夏に味が落ちるのか。養殖ブリはまず4~5月ごろに日本近海で採取される30~50グラムの天然の稚魚(モジャコ)を養殖池に入れるところから始まる。1年間育てることで、翌年の春には約2.5キロの2歳魚に成長する。
一般にブリとしての出荷サイズの目安は3.5キロ以上。肉質や味を考慮すると、販売先からは「4キロ以上でないとブリではない」(日本水産水産事業第二部鮮魚課の木村健司課長)とも言われる。このため、販売先に満足してもらうブリを夏に出荷するには、さらに1年間養殖した3歳魚を使う必要がある。
ただ、養殖ブリは3歳の5~6月に産卵期を迎えるため、その前後は栄養分をとられ、脂ののりが悪くなってしまう。天然ブリも2~4月の産卵期の後、しばらくの間、身がやせた状態が続く。
では、黒瀬ぶりはどのようにして「夏が旬」を実現しているのか。日水グループが採卵から出荷まで一貫して育てた完全養殖の「若ブリ」を使うことで、夏でも脂がのった魚を提供できるという。
産卵時期を早め、養殖サイクルを半年ずらす
それを支えるのが、産卵・養殖技術の進歩だ。日本水産の大分海洋研究センター(大分県佐伯市)で優れた個体を選抜し、陸上水槽で光と温度を調整した結果、産卵時期を10月に早めることに成功した。天然稚魚から育てる通常の養殖サイクルから半年前倒しすることで、旬を先取りして春から夏に質の高い「若ブリ」を出荷することが可能となった。
同センターで採取された受精卵は2日間ほどで、頴娃種苗センター(鹿児島県南九州市)に送られる。ふ化させてから5~10グラム程度になるまで60~70日育てる。
1尾の親ブリから数十万~数百万個の卵が取れるが、最終的に養殖している海に出されるのはそのうち10%程度。初期に死んでしまう率が高く、共食いなども起きる。常時20度に保つ必要のある水温管理や「1日に10億個体必要」(同センターの岩切孝明センター長)という餌に使うワムシの培養も一苦労だ。戸田享次副センター長は「勤務時間外に呼び出されることも多い」と話す。
その後は成長段階に応じて、志布志湾の養殖場へと順次移していく。養殖というと一般に陸に近い水がよどんでいる場所で行っているイメージを持つ人も多いが、串間沖で約200台あるいけすは沖合に3キロほど行った水深50~60メートルの地点にあり、出荷直前になるまでそこで育てる。
秋からは通常サイクルの養殖ブリに出荷を切り替え
完全養殖と並行して、天然稚魚から育てる通常サイクルでの養殖も手掛ける。完全養殖した若ブリは春先から夏までを受け持ち、秋以降は稚魚から育てたブリに切り替え、1年間通じて味の良いブリを出荷する。「生産過程の細かい部分までとことんこだわっている」と黒瀬水産の山瀬茂継社長は胸を張る。
記者が訪ねた日は台風接近に伴い海が荒れていたが、船で沖へと進んでいくと潮流が速いため、水が次第に澄んでくるのが分かる。「回遊魚のブリには流れも速く最適な環境で身が締まる」(轟一久取締役)という。
いけすは海面から10メートルほど沈めてあり、給餌の時にタンクに空気を入れることで水面に浮かび上がる仕組みだ。波を軽減して台風などの被害を回避できるほか、直射日光などによる魚へのストレスを軽減できる。
餌や病気の管理にも気を配る。出荷の2~3カ月前は唐辛子の成分を混ぜた餌を与えることで「余分な脂肪を落とす効果が期待できる」(山瀬社長)。水産物の養殖では珍しい獣医を雇い、ワクチン接種や病気の管理も徹底している。こうして1年半手間暇かけて育てられ水揚げされた後、私たちの食卓に上るのである。
ブリは日本の養殖魚の中でトップの生産量
水揚げ直後の黒瀬ぶりを使った丼が食べられる飲食店があると聞き、串間市内の店を訪ねた。現在、3店舗で提供されており、その名も「串間活〆ぶりプリ丼ぶり」。「ブリを100グラム以上使う」「丼の中には串間産の野菜2種類以上を含む」など条件を満たしたものを認定し、あら汁と香の物が付いて1人前1000円だ。
活締めした鮮度抜群のブリにゴマなどを混ぜた特製ソースが絡み合う。食感もさることながら、ボリュームは満点だ。宮崎を訪れた際には1度食してみることをおすすめしたい。
マグロやサーモン人気の陰に隠れがちだが、日本の養殖魚の中で生産量は10万トン以上でトップのブリ。一大生産地の東町漁業協同組合(鹿児島県長島町)でも出荷時期を早めたブリの生産が進む。
これまで生産量が落ち込むと言われてきた春から夏にも安定供給が可能になったことで、一年中おいしいブリの味覚が楽しめるようになった。「選抜育種や給餌法などまだまだ手探りの部分も多い。生産性を上げて早期に150万尾生産できる体制を整えたい」と黒瀬水産の山瀬社長は話す。
採卵から出荷まで多くの手がかかって、丹念に育てられる黒瀬ぶり。「魚も同じ生き物。その命を頂くわけで少しでもいい環境で育てたい」と轟取締役。夏に旬を迎えるブリのおいしい秘密が分かった気がした。 (町田知宏)
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