「白鯨」の元ネタは小説より壮絶だった[ナショジオ]ありえない生還劇

生死をかけた、恐ろしいくじ引き

さらに3人が死に、食べられた。そして2月1日、再び食糧が底をついた。今や想像を絶する危機に直面していた。

ポラードの舟では全部で4人が生存していた。ポラードのほかに、ブラジレイ・レイ、チャールズ・ラムズデル、そして船長のいとこ、オーウェン・コフィンである。深い絶望の中で、男たちは結論を下した。誰か一人が犠牲にならなければ、全員が長く苦しい死を余儀なくされる。

生きるチャンスはくじ引きに託された。

4分の1の確率で、黒い印のあるくじを引く可能性は全員にあった。そしてそれを袋から引っ張り出したのは、オーウェン・コフィンだった。

だがこれで終わりではなかった。他の3人がまたくじ引きを始めた。誰がコフィンを殺すかを決めるためだ。この恐ろしい仕事に当たったのはコフィンの友人、チャールズ・ラムズデルだった。

ラムズデルはコフィンを撃った。少年の遺体はポラード、レイ、ラムズデルに食べられた。それからまもなくレイも死んだ。舟の上での残りの苦しみの日々を、ポラードとラムズデルは骨をかじって生き延びた。

発見、人骨の山にうずくまる生存者

1821年2月23日、ナンタケットの捕鯨船ドーフィン号の乗組員が獲物を探して水平線を眺め渡しているときに、その小さな舟を発見した。船長は船を横づけにするよう命じた。乗組員が見おろすと、舟には骨と皮だけになった2人の生存者がいた。

エセックス号が沈没してから95日が過ぎていた。2人はかじられた人骨の山の中にうずくまり、ドーフィン号の船体が横づけになっていることにも気づかないほどもうろうとしていた。

もう1艘の舟は英国の商業帆船インディアン号に救助された。生存者は3人で、こちらも生き延びるために食人という手段をとっていた。

オーウェン・チェイス1等航海士はこの悲劇を、『捕鯨船エセックス号の驚くべき悲惨な難破の物語』という文章にまとめている。

チェイスの息子も捕鯨船の乗組員で、父親の本を海で出会った若者に貸した。この若い船乗りがハーマン・メルビルだった。彼がエセックス号の実話に触発されて書いた小説が、名作『白鯨』である。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[『本当にあった 奇跡のサバイバル60』を基に再構成]

[参考]岩に挟まれた自分の腕を切り落として脱出した登山家、8年間地下室に監禁された少女、ヒッチハイカーを乗せたら身ぐるみをはがされて不毛の荒野に放置された男、難破した船上でくじ引きで負けた仲間を食べて生き残る男たち……。『本当にあった 奇跡のサバイバル60』では、絶体絶命の危機から生還した驚異のエピソードを60本収録。『大脱走』『127時間』『キャプテン・フィリップス』など映画や小説になった逸話も多数。写真や図解、地図もたっぷり掲載、当時の報道や脱出ルートがひと目でわかり、現場に居合わせたかのような臨場感が味わえる。

本当にあった 奇跡のサバイバル60

著者:タイムズ
出版:日経ナショナルジオグラフィック社
価格:2,592円(税込み)

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