近年増えたアオサギ 名前は背のわずかな青みから

野鳥の体型は状況によって見え方が違う。サギたちの長い首、長い足も同じ=写真 石田光史

アオサギはアジア、アフリカ、ヨーロッパと分布が広く、英語では「Grey Heron」と呼ばれる。確かに、背はブルーというよりはグレーなのだが、わずかに青みがかっているところに日本ならではの繊細さというか、美意識が感じられるし、それは誇りたいと思う。

ローラン王朝では新郎が新婦に羽を贈る習わし

そこで「日本では背の青みからアオサギと付いたんです」と説明するのだが、微妙な色合いなので、近くで、順光でないとわからない。「青くないじゃないか」という反応が多く「すみませんね、サギですから」とご容赦いただくようにしているが、これも日本人にしか通じないか……。

アオサギといえば、故紀藤義一さんを思い出す。北海道苫小牧市に1981年にオープンした民間初の野鳥保護区、ウトナイ湖サンクチュアリの最大の功労者である。初代レンジャーとしてそこに着任した私は、当時日本野鳥の会苫小牧支部長だった紀藤さんに公私ともに世話になった。

彼はウトナイ湖サンクチュアリのシンボルバードにアオサギを推して譲らなかった。女性や若い人には「アオサギは目がキツイので、もっとかわいい鳥にしたい」という声が多かったのだが、最終的に紀藤さんの意向を尊重した。

当時アオサギは北海道では冬を越さないのが普通で、北限の越冬地がウトナイ湖だった。また、彼によれば、苫小牧にはハンノキ林にアオサギのコロニー(集団繁殖地)がいくつもあったのだが、原野が次々に開発されて、ウトナイ湖近くの1カ所だけになってしまった。その繁殖地の保護活動にも奔走していた紀藤さんは本職は公民館の館長でありながら、市役所ともやり合っていたように思う。82年だったと記憶しているが、そこを「ローランの森」と名づけた。「アオサギコロニーじゃ、市民がなじめないべさ」

ローラン王朝のミイラが発見されて話題になっていた頃で、そのミイラはアオサギの羽を抱いていたのですぐに女性とわかった。ローラン王朝の時代、新郎が新婦にアオサギの羽を贈るという習わしがあったらしいと、紀藤さんから教わった。

(日本野鳥の会主席研究員 安西英明)

安西英明(あんざい・ひであき) 1956年生まれ。日本野鳥の会が81年、日本初のバードサンクチュアリに指定したウトナイ湖(北海道苫小牧市)にチーフレンジャーとして赴任。野鳥や環境教育をテーマとした講演で全国各地を巡る。著書に「スズメの少子化 カラスのいじめ」など

※「生きものがたり」では日本経済新聞土曜夕刊の連載「野のしらべ」(社会面)と連動し、様々な生きものの四季折々の表情や人の暮らしとのかかわりを紹介します。

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