思い出は捨てられない…「非・断捨離」支えます
成熟社会の中で、無駄なモノを捨ててシンプルに生きようという「断捨離」の機運が高まっている。だが実際にはどんな家庭にも、思い出が詰まっていて捨てるに捨てられないモノがある。捨てるかどうか相談に応じたり思い出のモノを預かるなど、モノを捨てられない人をサポートするビジネスが広がってきた。
家事代行会社、仕分け後に預かりも
東京・世田谷に住む二條実季さん(48)は今月初旬、収納整理の専門家を自宅に呼んだ。1.5畳ほどの収納は足の踏み場もないほどの物であふれている。片付けようにもどこから手をつけてよいか分からず、困り果てていたからだ。
依頼を受けた赤松樹さん(30)はまずメジャーで納戸の収納力を測り「収納力に対し60%オーバー」と"診断"。箱の中身を1つひとつ取り出す。「これはどのぐらい着ていませんか? 誰かもらい手はいますか」「ここ虫食いができているから着られそうもないですね」と話し合いながら「捨てる物」「預ける物」「思い出関連」とに仕分けていく。
仕分けをしてみると、1年以上使っていないものが次々と現れる。友人からプレゼントされた浴衣やレースのカーテン。息子に買ったが「暑すぎ」と言われ、ほとんど袖を通していないジャンパー、旧式のビデオカメラ3台……。もったいないという思いが募り、今日までとっていた。
仕分けが終わり、普段よく使うものは扉の前の方に「思い出関連」は奥にと赤松さんが手際よく収納していく。片付けるのに4時間かかった。
このサービスを手がけるのはイオングループで家事代行サービス大手のカジタク(東京・中央)だ。料金は事前の打ち合わせも含め、2万368円から。4年前から始めたが、30~40代を中心に申込者が増え、今年は昨年に比べ約3倍の伸び。赤松さんのような「収納マイスター」15人が対応しているが、人材の育成が追いつかない。
サービスの特徴は「捨てましょう」と決して迫らないこと。カジタク取締役COO兼CFOの楠見淳美さんは家事代行で顧客と接する中で、「どんな物でも持ち主の過去や人間関係とつながっており、『捨てると後悔するのではないか』とストレスを感じる人が多い」と気づいたという。
そこで、同社では捨てるか捨てないかで迷う人のために「預ける」という第3の道を用意する。洋服なら15点まで1万2960円でクリーニングをして最長9カ月間など、「預かる」メニューが豊富にそろう。
二條さんもこの日、迷った揚げ句、息子のために買ったジャンパーやほとんど着ていない白のコートなどをカジタクに預けた。「保管期限がきた時にまた考える」
トランクルーム市場、5年で1.6倍に広がる
ネットで簡単に安くものが購入できるようになった今。家の中が物であふれ、外部に有料で「預ける」人が増えている。トランクルーム市場はこの5年間で463億円(2013年)と1.6倍に拡大した(大手のキュラーズ調べ)。潜在需要は大きく、20年には700億円規模に成長すると推計する。
宅配クリーニングなどを手掛けるホワイトプラス(東京・渋谷)は昨年、段ボール5箱まで月500円で預かる収納サービスを始めた。保管倉庫を土地代の安い郊外に設け、同社が自宅から倉庫まで送ったり届けたりすることで価格を抑えた。お金にさほど余裕はないが気軽にちょっと預けたい、というニーズを掘り起こす。
30~40代の間で話題となり、洋服や本、子供が使っていたおもちゃなど最多で5万箱分以上が集まった。ところが次第に「段ボールでは足りない。預けたいものがもっとある」という声が寄せられるようになった。
顧客に聞き取り調査をしたところ、「自分が独身時代に使っていた」「祖父が気に入って使っていた」といった理由で大型家電や家具を預けたいというニーズが多いことがわかった。
そこで6月からは大型の家具が入るよう、預かる単位を0.2畳から(保管料は月3980円~)にした。持ち主の物の愛着に配慮し、自宅まで引き取りに行く際には1つひとつ梱包する。平均単価(保管料のみ)は約6千円を超え、同社の想定より2千円上回っている。
恋の思い出専用のサービスも
約9カ月付き合った恋人と6月下旬に別れたという都内在住の30代の会社員男性Aさん。「めめしいのは分かっているんですけど、関係が終わったからといって、思い出のモノを捨てるほど吹っ切れていないので申し込みました。次に進むためにも……」
彼が利用したサービスが、寺田倉庫が4月に始めた「ミニクラヴ 元カレBOX・元カノBOX」。インターネットで注文すると送られてくる専用の段ボールに、過去の恋人との思い出の品を詰めて発送すると、1箱月額250円で預かってくれる。保管品は同社が写真を撮ってリストに。利用者はウェブ上でいつでも閲覧できる仕組みだ。
このサービスは、洋服や本など段ボールの中身を一つずつ個品管理できる同社の既存サービスの認知度向上をねらって考えられた。「モノや情報があふれている時代。中身を限定したほうが分かりやすくて預けやすくなる」。ミニクラ事業課の柴田可那子課長は話す。その上で、多くの人の目に留まるようにと「誰もが心のどこかで共感できる『恋愛』」をテーマに選んだ。
サービス開始から約4カ月で想定を大きく上回る約400人が利用。SNS(交流サイト)のツイッターでは、開始2週間で約5000ツイートの反応があった。利用者の中心は30~40代で、男性が7割、女性が3割を占める。「多くは新規契約者」(同社)という。
保管品で多いのは「携帯電話」や「プリクラ」。行楽地で描いてもらった「2人の似顔絵」も目立つ。女性では「彼氏のお母さんからもらったもの」も多いそうだ。
Aさんが預けているものの一つが彼女からプレゼントされたAKB48のCD。「彼女に好きなメンバーの話をしていたら、その子の情報を彼女が書き込んだCDをもらった。家にあると、元カノの書いた文字が目に入って心がえぐられる。預けて物理的に遮断され、気持ちがラクになった」。中には渡せなかった婚約指輪を預ける男性も。引っ越すたびに持って移動していたが、預けて「身軽」になったという。
捨てるでもなく、手元に置いておくわけでもなく、少し距離を置く。そうすることで「心に余裕が生まれる人が多いと感じている」と柴田課長は話す。(大岩佐和子、井土聡子)
タモロス、あまロス、ペットロス… 縮む日本、失う不安を映す
タレントのタモリさんが長年司会を務めたフジテレビの番組「笑っていいとも」が終了し、ネットで話題になったのが「タモロス」。NHKの朝の連続ドラマ「あまちゃん」も終了時に「あまロス」という言葉も生まれた。母親の死を受け入れられない「母ロス」、ペットの死で深く落ち込む「ペットロス」。近年の「ロス」現象は何を意味しているのだろう。
人気番組が終わったり、近親者やペットがいなくなったりするのは今に始まったことではない。失った、あるいは見られなくなった悲しみがなかなか癒えない心情をインターネットを通じて、共有できるようになり、ロス現象として広がっているからだろう。
それだけではない。社会の変化を背景とした人々の深層心理にも理由がありそうだ。電通総研の袖川芳之研究主幹は「家族、企業、社会の絆が一段と弱まり、ペットや番組への感情移入が強まっているからではないか」と指摘する。
成長の時代は終わり、人口減が進む日本。国民の平均年齢は約45歳で、社会の老化が進む。多くの人が時間とともに「得る」ことより「失う」ことが増えていく。しかも年金問題などもあり、孤独感は増すばかり。かつてない存在不安が人々を襲い、ロス現象を助長しているというわけだ。
2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏は「失う悲しみは得るときの喜びの2倍大きい」と指摘している。ヒット商品は減り、企業も定番ブランドを磨くのに必死。この結果、1970年~80年代の音楽やドラマ、漫画など「レトロ」コンテンツ志向も強まっている。喪失感を吸収するだけの新しいエネルギーが生まれていないとも言える。
日本は「閉塞感」「停滞感」などといわれて久しい。ネットの普及はプラスの面も大きいが、よりお得感を求める志向も強めた。縮む日本で損失を取り戻すのは大変な時代。ロスを恐れる心理はさらに強まるかもしれない。(編集委員 中村直文)
[日経MJ2014年8月22日掲載]
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